【旅立ち】
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霧の間の真っ黒な部屋で眼を覚ます。
負けたなぁ〜。
感覚としては先ほどの、昨日の死合を思い返して反省しようと思い。
「――え?」
霧の間にいるのが自分だけでは無いことに気がついた。
「……まったく」
布団から起き上がり、真っ裸なので急ぎ目に認証盤にしまってある胴着と袴を取り出して身にまとい。
そして、そこにいるだろうと当たりをつけて『パチン』と、俺がデコピンを放つと。
「――イッた!」
短い少女の叫び声が、四畳半の狭い部屋に響き渡った。
少女が痛みに悶えている中。
部屋の襖を開けて、日が暮れたことで灯った青白い鬼火を部屋の中へ入れると、少女が怒鳴ってくる。
「いきなりなにすんの!」
「いや、お前こそ何で人の部屋で寝てんだよ」
少女の訴えに、俺も訴えを返す。
鬼火を入れたことで明るくなった霧の間の、先ほどまで自分が寝ていた寝床に視線を向ければ――
そこに居たのは、自身の額を両手で押さえながら、俺を睨むカナミの姿だった。
どうやら無理やり起こされたことに少々怒っているらしい。
カナミが着る紫が主色に入ったハイカラな着物に付いたシワを見ればわかるが、長時間ここで眠っていたようだ。
…………。
お互いに睨み合っていると、やっと状況を理解したのだろう。
「――っあ!」
と、カナミが大きく口を開けた。
「それで、何でここにいるんだよ?」
「えっと、昨日の夜にカズ達のお迎えが来たから、今日は先生のところでお別れ会をやるってことになって……」
「俺の部屋に来て寝ちゃったと?」
「ねちった」
カナミはそう言うと、額を抑えたまま『てへへ』と舌を出して笑った。
まったく……女の子なのだからその辺はしっかりとして欲しい。
それにしても迎えが来たのなら、明日にはここを出ていくのだろうか?
なんて俺が考えていると、そんな俺の隙を見て、カナミは性懲りも無く再び布団の中へと潜り込んだ。
こいつはまた……。
布団に包まり繭に籠ったカナミを。
「うぁぁぁ――」
力任せに布団から引き剥がし。
居間に行けば先生達が居るのだろうなと思った俺は『もうちょっとだけ寝させてよぉ……』と嘆くカナミを小脇に抱えながら、部屋を後にして居間へ向かうことにした。
脇にカナミを抱えたまま居間の襖を開ければ、予想通り居間には先生が――開けた襖のそばにはアビの姿があった。
「来たね」
「おはようございます」
煙管を吸いながら声をかけてきた先生に挨拶すると、続けてアビが声をかけてくる。
「やっと起きたか」
「おう、起きたよ。それで刀ってどうなった?」
「三本だが用意できたぜ」
「そりゃ助かった」
カナミを抱えたまま、アビとそんなやりとりをして、長机の奥に座る先生の、その対面に座る初対面の人物と目が合った。
俺が会釈するのとほぼ同時に――
パーマがかった茶髪を肩まで伸ばし、貴族のような爽やかで整った顔立ちの二十代半ばの男が、軽く手を上げ挨拶を返してくる。
「――やあ」
この人が、俺とアビがこれからお世話になる人物なのだろう。
「初めまして、カズと言います」
「初めまして、僕はクルキッド。気軽にキッドって呼んでくれ」
俺はこの男、クルキッド・カーストンについて、アビと龍人の里にいるカイさんに、少しだが話を聞いている。
この人は先生の元教え子、簡潔に言えば俺やアビの兄弟子にあたり、御歳八十五を越えた、カイさんのさらに兄弟子にあたる人物であり。俺を救ってくれた騎士のクリスさんと同じ、人間の上位種である不老の聖人でありながら、先生と同じ十六天位と呼ばれる称号を持つ、この世界で有数の実力者だ。
「カナミ、起きたのなら手伝って!」
「は〜い」
事前に聞いたキッドさんのことを思い出していると、廊下側から姿を表したカナミの姉であるカナデが俺に抱えられるカナミを呼んだ。
すでに夕食は完成しているらしく、カナデが持つお盆の上には、これからご飯をよそう為の茶碗が用意されている。
「離して〜」
「おっと、悪い悪い」
ペチペチと、脇に抱えたカナミに腕を叩かれてカナミを下すと。
カナミはカナデからお盆を受け取って、茶碗を長机の上に並べ始め、そしてすぐ夕食が始まった。
いつもよりも豪華な食事中の会話は、カナデからは旅立ちの激励を、カナミからは何か面白い事があったら教えてねと、ありきたりな内容だったがそんな話をして。
いつもより豪勢な夕食は特に何事もなく終わりを迎えた。
「キッド、昼伝えた通りこいつらを任せたよ」
「はい――って、一応答えはしますけど……」
カナデとカナミが後片付けのため居間を出ていくと、先生とキッドさんが話し始めた。
「なに、お前に多くは求めないさ、こいつらに必要だと思ったことをその都度教えてやればそれで十分」
「はぁ……それが難しいんでしょうに」
――おお!
と、堂々と先生に文句を言ったキッドさんに、上から目線であるが感心する。
アビを見れば、俺と同様に眼を見開いているため、思いは俺と同じようだ。
先生は異論を許さない、自身を絶対だと考えているのだ。
そんな先生相手に異論を唱え、反感を買えば痛い目に遭うのは確実で、だからこそ文句を口にしたキッドさんには感動さえ覚え。
「口答えかい?」
「――失言でした、すいません」
秒で頭を下げ、土下座するキッドさんの姿に、俺とアビの感心は一瞬の内に消え失せた。
「次は無いよ」
「――はい。すいませんでした」
だが、深々と謝るその姿に。
良くも悪くもこの人は、俺達と同じ先生の弟子なのだと理解はできた。
来たな――
霧の間の廊下側、縁側の方へと視線を移すと、先生が風と共にその場に忽然と現れる。
食後解散の後、先生に各自――とは言っても俺とアビだけだが、個別で話があると言われ、俺は自室である霧の間にて、先生が来るのを待っていた。
きっと俺への話とは、昨日の死合についただろう。
「昨日のことで言うことはあるかい?」
「初めから終わらせに行かなきゃダメでした」
あぐらをかいて座る先生に、事前に考えていた反省を話す。
俺の今の戦闘スタイルは基本的に二つ。
一つ目は自身の筋力と肉体の強度を上げる闘気と、魔力を見に纏うことによって、肌と武器に魔術障壁を張る魔装を見に纏う普段使いと。
二つ目に、先生の試合で使用した。闘気と魔装に加え、確定する死と引き換えにして得られる、自壊してしまうほどの筋力強化と思考加速によって行う決死の戦闘。
この約一年の死と修練によって、俺の肉体の強度と身体能力は標準的な人間を一脱した。
実戦での使用経験がないので下手なことは言えないが、少なくとも俺自身はそう感じているし、そこへ闘気と魔装を纏うことによって、スキル使用者ともほとんど対等に渡り合えるまでに成長したと思っている。
――とは言え、格上の先生のような本物の怪物と戦うには修羅道は必須。
ただ、問題なのは俺の思考だ。
修羅道には一時間という時限爆弾のような時間制限がある。
そして、一時間という長いようで短い時間を、俺は出来るだけ長く使って戦おうとする思考が癖として身についてしまっていた。
ただの格上相手ならその思考で問題ないとは思うが……残念ながら昨日の相手は先生だ。
せっかく自壊するほどの力を得たとしても、時間を気にして戦ってしまえば力はある程度制限され、せっかく得た力を存分に発揮することなどできない。
時間をかければかけるだけ俺自身を追い詰めてしまうというのに、昨日の俺は攻撃を受けた時、一度距離を取ろうと悪手を打ってしまった。
「その通りだよ。お前は相手の動きを見てから動く、性分か何かは知らないがそういった癖がある。私の後手に回った時点でお前の負けは確定してた」
先生の言葉を真剣に聞き、反省しながら頷きを返す。
「だが最後動きは未熟ではあったがなかなか良かった」
「――え?」
今なんて言った?
先生の言葉に鳥肌が立った。
聞き間違えでなければ、俺は今先生に褒められたのか……?
「お前が私の弟子になった時、私はお前に四悪趣を体得してもらうと言った。四悪趣がなんのことかは知っているかい?」
「四悪趣の一つが修羅道なら、あとは畜生、餓鬼、地獄……ですよね?」
過去の記憶を思い出して質問に答える。
「その通り、人はその業の深さで、死後の行き先が変わってくる。まぁ、死んだあと転生する奴や、お前みたいに甦ってくる奴がいる時点で、死後があるかなんてわからないがね」
先生はそういうとクスッと笑い、俺の体を見渡した。
「だから四悪趣って言うのはある種の比喩なのさ。人は生きたままじゃ首位らにしか至れない。天国にも地獄にも、それこ畜生や餓鬼にも生きたままじゃ行けやしないって言う。そういった類の比喩なんだよ」
「それじゃ、四悪趣を体得してもらうって何だったんですか?」
「何だも何も無いよ、初めに言った通り四悪趣を体得してもらうと言って、お前は未熟ながらも体得したじゃないか」
「えっと……」
先生の言葉の意味が正直わからない。
何が言いたいのか、はっきりと言ってほしいものだ。
「前にも言ったが、修羅道を使う奴に普通自我なんて無い。なのにお前は自我を保ててる。これはお前の狂気によるもので――異常性だ。四悪趣ってのは、そんな理性がない修羅道に堕ちた奴が、完璧な闘気と、魔装に加え、特級のスキルを使うことによって至ることが出来る境地の一つなのさ。修羅道に堕ちた奴が闘気を纏えば畜生道、畜生道で魔装を纏えば餓鬼道、餓鬼道に特級のスキルを使えば地獄道。普通の奴にゃ修羅道を使ってる時にこんな芸当は出来やしない。でもお前には出来た。昨日の最後、全てにおいて未完成だったが、闘気は荒削りでも真に迫るものがあったし、魔装についてもお前の魔力と宝珠さえあればなんとでもなる」
先生の笑いながらの説明に一部納得しつつ。
「でも俺にスキルはないですよ?」
「そうだね、お前にスキルはない。それでも」
「――っゔ!」
視界が一瞬真っ白に、暗転しかけた精神を根性によってねじ伏せる。
額から、スーッと血が流れているのを感じ、額に触れればその一部がえぐれていた。
「急に何するんですか……」
自分にいったい何が起きたのかはわからないが、犯人は先生だ。
「カズ、なんでお前は死んでいない?」
「……なんですか急に、死んでも甦るっから死んでないだけで、何度も俺のこと殺してるでしょ?」
「そうじゃないよ。今の額への一撃でお前は何故死んでないんだって聞いてるんだ」
「ああ、なるほど――」
要するに俺が標準的な人間から一脱したことが、スキルの代わりになってるって言いたいのね……。
先生が俺の額に触れ、治療魔術で傷を治してくれる。
「カズ、お前の甦りによって得られたその力は、死因に対してのただの慣れだが、もうお前のその慣れと、肉体はそれ単体で異常な能力になり得てる」
「それじゃ、俺はもう地獄道を使えると?」
「いいや、地獄道は無理だよ。今のお前は良くても餓鬼道までさ。根本的にお前の修羅道は意識を保ったままの生成り状態だからね。自分の限界を出し尽くしたその上で、真に迫ってやっと昨日の畜生道に至れた。あの状態で魔装を纏えていたら餓鬼道にもなれただろうが、あんなのがいつも出来てたら私はお前に手を焼いていないよ」
俺が先生の手を煩わせた事があっただろうか……少なくとも、先生の手によって、命の灯火を消された覚えしかないのだが……。
だがまぁ先生が言う通り、確かに昨日の最後、いつもとは違う妙な感覚が俺の中にも確かにあった。
あの時の俺はもう考えるのをやめ、思考を放棄したその上で、先生の動きを直感的に読んでいた。あれをいつも出来るかと聞かれても、やってみなければわからないし、修羅道はアビとのこともあって検証の為だけに無意味に使いたいとは思わない。もちろん必要であれば迷わず使うが、日常的に使うつもりは一切ない。
「とりあえず、キッドにはお前のことは伝えてある。あいつの闘気と剣術は一級品だ。だからお前は少しでも自分の闘気を上達させることに集中して、ついでに剣術も学んできな」
「魔装はいいんですか?」
「宝珠の力になれるなんて当たり前なことを言わせるつもりかい?」
「さいですか」
話は終わったと言うことなのだろう、先生は音もなく立ち上がると、俺が瞬きをした次の瞬間には気配と姿を消していた。
開けっぱなしの襖の方へと向かい、廊下の左右を見てもそこにはもう誰もいない。
行っちゃったか……。
縁側のガラス戸を開けて座り。
空を見上げれば今夜の夜空に月はなく、あるのは何色にも輝く星々の姿。
だめだなぁ……。
こんな夜空を見ていると、冒険者活動をしていた時に見たフィーとの夜空を思い出す。
幸せな時間だった。
思い出すだけでこんなにも幸せだと感じるのだから、今隣にフィーがいたらどれほど幸せなのだろうか……。
愛する人の姿を思い返すだけで、心に空いた隙間が少しずつ埋まっていく心地よさを感じながら――俺は自分の拳を強く握った。
「ド――ん‼︎」
「――っ⁉︎」
突然背後から声高々に抱きしめられたことに驚き。
「やった――‼︎」
背中から、カナミの喜ぶ声が聞こえてきた。
「……なんだよ突然」
「えへへ、なんかボーっとしてたから驚かそうと思って、驚いた? 驚いたでしょ⁉︎」
「少しな……」
気が抜けていたのだろう。
普段なら気づかないはずないカナミの接近に、気づくことができなかった。
先生が立ち去ってからどのぐらいの時間が経ったのだろうか、いつの間にか夜も深くなっている。
「うぅっし!」
そんなに嬉しいことか……?
おぶられるような形で抱きついてくるカナミの姿を見ることは出来ないが、声越しにもその喜びは伝わってきた。
カナミは定期的に俺を驚かせようとすることがあり、感覚が鋭い俺にはそれが通用しなかった。いや、今回驚かされてしまった以上、通用しないとは言い切れないが、そんな俺を初めて驚かせたことが、カナミには相当嬉しかったようだ。
――ん?
「風呂入ったのか?」
カナミから石鹸の匂いが香ってくる。
「うん。さっきお姉ちゃんと一緒に入ったよ。もしかして一緒に入りたかった?」
「はぁ…………」
「あはは、冗談冗談!」
俺を茶化して楽しんでいるカナミに呆れながら。
「そろそろ離れてくれ」
「はぁ〜い」
離れるように言うと、カナミは俺の隣へと座った。
カナミの姿を見てみれば、風呂上がりのせいか頬は赤らみ、髪はまだ湿っていて、大きめの白の浴衣を羽織ってはいるが、体格に合わないせいで浴衣は少し着はだけている。
「えっち〜」
「そんな格好してる奴がよく言うよ」
にやにやと、揶揄ってくるカナミの服装に俺はそう指摘した。
カナミの着る浴衣の生地は、夏に着る薄手のカッターシャツのような生地で、肌と肌色を布越しに薄らと透かせているのだ。
「やっぱりこの服攻めてるよね?」
「どこにあったんだよそんな服……」
「お姉ちゃんの寝巻の一つだよ」
「まじ――?」
「まじ、まじ――ちなみに今晩、私とお姉ちゃんここに泊まっていくんだけど、なんとお姉ちゃん今日はこの格好でアビくんと一緒のお布団で寝るんだって」
「…………」
アビとカナデは恋仲で、明日以降一年程度会えなくなる。
ということは……。
――いや、詮索はやめておこう。
「二人のとこ遊びに行く?」
「行かねぇよ!」
「あははははは、冗談冗談! 流石の私も今晩ばかりは行けないや」
カナミが楽しげに、ぶらぶらと縁側から出した足を交互に揺らす。
「ねぇ」
「なんだよ?」
「今晩ここで寝てもいい?」
「いいぞ」
「――っえ、本当に⁉︎」
迷いなく答える俺に、茶化そうとしていたのだろうカナミは顔を赤くし――俺はそんなカナミの様子にしてやったりと微笑みながら、その理由を口にする。
「ああ、ここで寝たいなら好きに寝るといいさ。俺は今晩寝ないしな」
「なぁ〜んだ、そう言うことね……」
カナミが頬を膨らませ、不満そうに言ってくる。
「じゃあ私も寝ませんよぉ〜だ」
「ガキかよ」
「どうせカズからしたらガキですよ!」
子供のようにカナミはそう言ってむくれると、縁側から足を投げ出したまま体だけを倒して、俺の膝の上に頭を乗せて目を閉じた。
「――おい! ここで寝んなよ!」
「ここで眠っていいって言ったじゃん……」
寂しそうに不貞腐れたカナミの姿に、明日ここを立てばしばらくの間カナミとは会えなくなるのだなと……そう思い。
まったく……仕方ねぇな。
「わーったよ。寝ろ寝ろ。んで機嫌なおせ」
太ももの上で目を閉じるカナミの頭を撫でると『ん』と返事が返ってきた。
…………。
「グースカピー」
五分もせずに寝息が聞こえ始める。
相変わらず眠るのが早い奴だ。
眠るカナミの頭を撫でながら『っふ』と笑い。
カナミが俺をどう思っているのかは置いておき、カナミは俺にとってアビと同じぐらい大切な友人で……やはりしばらく会えないと思うと、少し寂しい思いになり。
今もノルアの街にいるフィーの三子の兄妹――エリーのことを思い出す。
街から俺が逃げ出す前の、共に暮らし冒険していた彼女は、元気いっぱいなカナミのような活気溢れる女の子だった。
そして事件のあと、最後に見た彼女には、そんな明るさはもう残っていなかった。
もう二度と大切な人達に辛い思いをしてほしくない。
「大丈夫?」
「――え?」
優しく、俺を慰めるようなその言葉に驚き。
寝言……か。
膝で眠るカナミの姿を見下ろした。
カナミの目元を見てみれば、薄らと涙が浮かんでいる。
いったいどんな夢を見ているのだろうか。
先ほどのやりとりのせいで、嫌な夢を見ているのかもしれないと思うと少々複雑な気持ちになり。
『さっきはごめんな』
と、心の中で呟いて、カナミの頭を撫でながら。
可愛らしいその寝顔を見守りながら、俺は夜が明けるのを待つことにした。
「朝飯出来たぞ〜」
朝日がのぼり少しすると、あくびをしながらアビが眠そうに、俺と俺の膝の上で眠るカナミを呼びに来た。
「…………」
「何だよ?」
俺とカナミの様子を交互に見て、何かを言おうと悩んでるアビに質問するが。
「――いや、何でもねぇよ」
喉元まで出かけた言葉をアビは飲み込んだ。
「これ着せてからこいよ――」
カナミの着替えを俺に投げ渡してくると、アビはすぐにその場から立ち去った。
…………。
「おきろ〜」
眠るカナミの肩を揺さぶると、薄らカナミの目が開き。
一瞬きょとんとした顔で俺のことを見ると、すぐににっこりと微笑んだ。
まったく……幸せそうな表情で何よりだ。
「起きたか?」
「うん、おはよう」
カナミの目元には涙の跡が残っているが、その表情に昨晩の寂しそうな悲しみの感情は残っておらず。満足そうに微笑み、返事を返してくるその様子を見て、俺は少し安心した。
「気は晴れたか?」
「なんのこと?」
「ったく、それでいいよ」
自由なカナミのその明るさに俺は笑いつつ、アビから渡された着替えをカナミへと渡す。
「これ着替えたら飯いくぞ」
「はぁーい」
カナミは俺から着替えを受け取るとその場で立ち上がり――
「…………」
俺が反応するよりも早く目の前で浴衣を脱ぎ落とした。
カナミと目が合い、俺を見なが微笑んでくる。
「えっち〜」
「部屋で着替えろよ!」
「ねぇねぇ、見た感想は? ねぇねぇ」
「このクソガキは――」
と、カナミの羞恥心の無さに呆れつつ。
「着替え終わったなら行くぞ」
「うん!」
耳を真っ赤に染めてニコニコと笑うカナミと共に、俺は居間へと向かうのであった。
昨晩の豪勢な朝食とは違い、別れの朝食は米に漬物、焼き魚に味噌汁といった普段通りの朝食で――味覚が弱く、味はあまりわからなかったが、それでもいつも通りで落ち着く朝食を俺達は共に食べ。
「二人ともお気をつけて」
カナデと。
「二人とも行ってらっしゃい!」
カナミの見送りに。
「おう、行ってくる」
アビと。
「ああ、行ってくる」
俺が別れを告げる。
見送りに先生は来なかった。
朝食中にも何も喋らなかった先生に、別れの言葉を求めていたわけではないが。
最後に一言、朝食の時にでも『行ってきます』と言えばよかったなと思いつつ。
こちらに手を振るカナミとカナデに、俺とアビは共に手を振り返し。
屋敷の中にいるはずの先生に『行ってきます』と、心の中で別れを告げ、約一年お世話になった先生の屋敷から、俺とアビは旅立った。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




