【和解談】
『災暦1496年3月1日』
「――よう、目覚めたか?」
「……あぁ」
目覚めると同時に、聞き覚えのある声に呼びかけられる。
めまいと吐き気に襲われながら目を開けて見れば、視界に映るのはなんの特徴もない霧の間の真っ黒な天井。
――いや、もはやそんな特徴だけで、ここが霧の間だと認識できるのなら、十分特徴的なのだろう。
……なんて考えながら、俺は座るように布団から起き上がった。
ん……今誰か、俺に喋りかけてこなかったか?
反射的に自分が誰かに返事を返した事に気づいて、声をかけてきた人物の方へと視線を向けると。
そこにいたのは片足を伸ばして襖を開け、既視感のある姿勢で座りながら俺へ視線を向けてくるアビの姿。
開け放たれた戸から今が夜明け頃だということがわかった。
「体に問題はないのか?」
なんと返事を返したものか……。
「まぁ、特には……」
「そうか……」
いつも通り吐き気とめまいはあるが、修羅道の不快感に比べればましな状態だ。
無言の状態が続く……。
なんでこいつが俺の寝床にいるんだよ……いや、まぁ、全く見当がつかないわけじゃないが、それでも話すことがないのなら部屋から出て行ってほしい。
そうしてもらわなければろくに服を着ることも――って、あれ?
甦った時、俺は服を着ていない。
いつもであればそのはずなのに、今の俺には帯は巻かれていないが、いつもの武道袴が上下共に着せられていた。
「なぁ、お前はあの時、自我はあったのか?」
アビが質問をしてくる。
あの時とは、俺がこいつの口を塞いだ時のことだろうか?
悪いがあれは断固として俺のせいではない、突然現れたこいつの自己責任だ。
感情に飲まれ、暴力を振るわなかっただけ褒めて欲しい。
いや、それを言うなら俺もこいつに――
「あの時って、先輩が俺の腕を切り落とした時のこと?」
「その時のことだよ……たく。覚えてるってわけか」
俺の返答に対して、アビは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あれは修羅道だな?」
「――ん⁈」
んんんんんん⁈
まずいことになった。
先生から言うなと言われていた力の一端を見られ、どうやら俺の力に気づかれたようだ。
それも口ぶりからして、アビは修羅道についてその特性を、使用すれば死ぬということを知っているようで。よく考えて見れば、死んだ時の状況的にこいつは俺の死を――甦りを見た可能性がある。
この状況から逃れる為の良い言い訳を俺は急いで考え。
「違うんだ!」
言い訳を言うよりも先に否定した。
「あれはそう……火事場の馬鹿力と言うやつで、傷もそう。先輩がくれた回復薬が後から効いてきて」
「先生からもうお前が不死だって言質はとった。だから隠す必要はねぇよ」
「――は、まじ……?」
「ああ、まじだよ」
アビからの告白に俺は唖然としてしまった。
あのババアは何なんだ……俺の力について他言は絶対に許さないなんて言っておいて、自分は簡単に言ったのか。
呆れた俺の表情にアビは何かを察してか、哀れみを含んだ表情を向けてきた。
こいつもこいつで、それなりに苦労しているのだろう。
「どうやったんだ?」
「――え?」
アビからの言葉の意味がわからず、疑問の表情を浮かべ。
「修羅道に堕ちながら、どうやって自我を保ってたのかを聞いてんだよ」
「…………」
んなこと急に聞かれてもな……。
正直、今俺の頭の中はクソババアに対しての、文句を考えること以外の余地はないのだが。
どうやって自我を保ったのか、か……。
「我慢?」
「――は?」
思ったことを率直に告げると、アビは俺がふざけたと思ったのだろう、眉を寄せて睨んできた。
「いや、急にどうやったんだって聞かれても、我慢したとしか言いようがないし……正直自我があったって言いはしたけど、あの時だって先輩に手を出しかけたんだ、あれじゃ自我を保ててたって言っても、正直怪しいところだろ?」
確かに自我があったのかと聞かれれば、あるにはあったと答えるが、まともだったかと聞かれれば、まともではなかったと言うしかない。
「……お前はそれを本気で言ってるのか?」
「本気も何も事実そうだろ?」
「じゃあ何か? お前はあの痛みと、怒りを、我慢しただけで堪えたって言うのか?」
「だからそうだって言ってるだろ」
先ほどからアビの言葉には棘を感じる。
「そんなことあるわけないだろ!」
そしてどうやら炸裂する棘だったようだ。
アビは苛立っていた。
だがその怒りは俺に対してのものではなく、まるで自分を責めるようなそんな表情を浮かべている。
「あの痛みに、あの怒りに堪えられる奴なんているわけないだろ!」
そんな自分よがりな物言いに俺は『はは』っと、つい笑ってしまった。
「何がおかしい⁉︎」
何がおかしいかか、おかしいに決まってるだろうに。
アビの表情を見ていると、俺は無意識に、感情のままに口を開き。
「あれが堪えられない痛みって、あんなものが堪えられない痛みのわけがないだろ? 怒りもそうだ、あんな感情はたかが知れてる」
自然と口から感情が溢れた。
あんなものが堪えられない痛みのわけがない。
あんなものが堪えられない怒りのわけがない。
本当に堪えられない痛みは、感情は、もっと、もっともっと堪え難く。
「本当の辛さは――」
湧き上がるドス黒い感情を、その想いを口にしようとした瞬間。
『――パシン!』
そんな音が聞こえ、同時に頬がじんと叩かれた気がした。
今聞こえた音は幻聴だ。
でも俺の耳には確かにその音が聞こえ。
「悪い……」
俺はアビに謝罪した。
もう戻ってはいけないのだ。
以前のような自分になって、フィーに悲しい想いをさせてはいけない。
それにこの世界には数えきれないほど苦しんでいる人たちが他にいる。
それを救うために俺は――
「大切な人だったんだな」
ゆっくりとそう言ってきたアビの顔を見れば、先ほどまでの表情とは違い、何か俺のことを理解したようで。
「ああ」
と返事を返すと、アビはまるで自分のことのように辛そうな表情を浮かべ、そんな表情を見られないようにするためか、俺から顔を背けてしまった。
「……何でお前は先生の弟子になったんだ?」
少しの静寂のあと、そう聞いてきたアビの顔は真剣な表情だった。
だからだろうか――この男には嘘偽りなく、言いたいことを言っていいのだと思え。
「平和を求める全ての人が、平和に暮らせる世界をつくりたい。その為に俺は力が欲しい。何にも負けない絶対的な力が、平和を求める人達が笑って暮らせる世界をつくるために、俺は力が欲しいんだ」
『平和を求める全ての人が、平和に暮らせる世界をつくる』
それが俺にできた最初の夢で、フィーが共に望んでくれた夢であり――約束。
俺はこの夢のために、今もこうして生きている。
今この瞬間も、どこかで昔の俺と同じように苦しみ、辛い想いをしながら助けを求めている人達がいる。
だから、俺はそんな人達がもうそんな思いをしなくて良いように、俺のことを救い、支えてくれ、愛してくれたフィーに喜んでもらうために――
俺は強くなって、この命が続く限り人を救い続けなければいけないのだ。
「だったら……尚更あんな力使うんじゃねぇよ」
アビはそう言うと顔を俯かせた。
アビの言葉は俺を否定していると言うわけではなく、何か自分の気持ちを抑えながら、それでも何かを伝えようとしているようで。
きっとこいつにも、こいつなりの想いがあるのだと理解できた。
人それぞれに想いがある。
俺が殺した奴隷商の大将にも、あれなりの想いがあった。
だが、自分の想いを貫き通すと言うことは、同時に別の想いを踏み躙ることになる。
アビの想いはわかった、わかったからこそ……。
「俺にはあの力しかない。だから、使わないなんて約束はできない」
俺はそう答えることしかできず。
それでもアビが俺の気持ちを否定しなかったからこそ。
「でも、できるだけ使わないようにはする……それじゃダメか?」
アビの気持ちを無下にすることも俺にはできなかった。
この答えが今の俺が言える嘘偽りのない気持ちであり、妥協点。
この答えで納得ができないというのであれば、それはもうお互いに相容れないということで――
「だめだ。それじゃダメなんだ」
だからアビがそう答えた時、俺は仕方がないとそう思い。
「でもわかった。お前の気持ちは、意思はわかった。だから俺がそんな力使わなくて済むように協力してやる、だからお前もそんな力を使わなくて済むように努力しろ!」
そう言ってきたアビの力強い意思を持った言葉に、俺は無条件で――
「ああ」
と、頷きを返した。
アビが立ち上がり俺の目の前までくると、スッと手を伸ばしてくる。
「俺はアビ」
そう名乗ったアビの手を取りながら。
「俺はカズだ」
俺は名乗り返し、アビに手を引かれ立ち上がった。
「色々言ったこと今更だが謝る――悪かった。それとこれからは普通に名前で呼んでくれ、あのババアの弟子同士で上下関係なんか気にするだけ無駄だからな」
「たしかに、俺もその方が気楽でありがたいよ」
俺の言葉にアビが、そして俺自身も笑い。
「――そうだ。昨日から騒ぎ散らかしてる自由人を呼んでくるから、ちょっと待っててくれ」
思い出したようにアビはそう言うと、霧の間から出て、二、三部屋横の部屋へ誰かのことを呼びに向かった。
自由人と言うのならそれはおそらくカナミのことだ。
騒ぎ散らかしてると言うことは、おそらく怒っているのだろう。
それだけあの時俺がカナミに行った言葉は酷いものであったと言うことだ。
「ッタッタッタッタ――」
廊下を走りこちらへと向かってくる足音が聞こえ、開け放った襖からカナミの姿が現れた。
カナミの目元を見てみれば泣いたあとがあり、いつも綺麗に整えられているはずの髪はぐしゃぐしゃに崩れている。
部屋の中心で俺を見るなりカナミは目を大きく見開くとその勢いで飛びかかってきた。
殴られるのだろうな。
そう覚悟をして目を閉じる。
悪かったと謝りたい気持ちと、あれでよかったのだと言う気持ちの両方があるが、言い訳はしない。
殴ることで気が済むと言うのなら好きなだけ殴られよ――
「――っゔ⁉︎」
腹部への強い衝撃で体勢を崩し、敷いてあった布団の上へと倒れ込む。
そして腹部の衝撃に目を向ければ――
「ごめんなさい……」
衝撃を受けた腹部から、小さな声が俺の耳に届いた。
「ごめんなさい……」
その声は泣いていて、顔を俺の腹に埋め泣くカナミは謝罪の言葉を止め無かった。
「ごめんなさい……」
なぜ俺が謝られているのだろうか……本当にわからなかった。
廊下を見ればアビが、そしてカナデの姿があり。
どう言う状況なのかと、表情だけで説明を求めるが、アビは自分が聞けよと言いたげな表情でカナミへと視線を向けていた。
「えっと、何で謝ってるの? 謝るのは俺の方だよね?」
「あなたを……置いて逃げたから……」
カナミはそう言いながら、ぐしゃぐしゃになった顔を俺に向け。
「それに……本心じゃないことも言わせたから――」
そう言って、息を整えると。
「だから、ごめんなさい!」
涙を堪えながらそう言い、再び俺の腹に顔を埋めた。
まったく。
カナミの頭にそっと手を置き。
「俺も悪かった」
素直に謝りながら、カナミの頭を撫でた。
カナミは誰の目から見ても、自分の気持ちを第一優先する自由人だ。
――だが、それと同時に、カナミは本当に純粋で心優しい一人の少女だった。
これは後にカイさんから聞いた話だが、今回の一件はアビが解決したことになったそうだ。その理由は単純で、少しでも俺と奴隷商との接触があると、それがどんな形であれ俺を黒幕に仕立てようとする人物がいるからだとか。
いったいどこの神主の孫なのかは知らないが、まあ、名声が欲しいわけではないので俺に問題はない。
逆に奴隷商の一団を倒したという事になったアビはと言えば、里の人たちからの称賛の言葉を受け、不本意に功績を横取ったことに数日不機嫌になっていた。
今回の件で一つ悔やむことがあるとすれば、カナミから貰った真っ赤なマフラーを、捕まった時に奪われ失ってしまったことだが。
あの後、一週間もしないうちに『今度はアビくんと完全にお揃いになるように編んだの!』と言って、いたずらっ子のように笑いながら、アビと同じ真っ青なマフラーを渡された事で俺のそんな思いは消え失せてしまった。
何はともあれ、今俺は後悔をしていない。
後悔する結果を招いていない。
フィーとの約束を――自分自身に貸した誓いを破ってはいない。
俺はもうフィーを悲しませない。
俺はもう二度と後悔をしない。
そして――俺はもう二度と大切だと思う人達を失わない。
平和を求める全ての人が、平和に暮らせる世界を――俺は、俺が俺であり続けるため、フィーが愛してくれた俺であり続けるために、大切な人たちを裏切らないために――
俺はこれからも、自分を曲げずに生き続けていくのだ。
次話から二章に入ります。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




