【禍福の時】04
上月山のダンジョン入り口に着くと、やはりとでも言うべきか、ダンジョンの入り口には鮮明な状態で複数人の足跡が残っていた。
予想通り、奴隷商の連中はここから来たと見て間違いないようだ。
それに都合がいい事に今は見張もいない。
足跡の痕跡を見るに、ダンジョン内に勢揃いしているようだ。
これだけでも里に一度戻らず、先生の元から直接やって来た甲斐があったと言える。
「ぅぁぁぁぁぁぁ」
「――ッ⁈」
突然ダンジョンの中から、小さいが間違いなく男の叫び声が聞こえ。
「「ぁぁぁぁぁ――」」
それどころか先ほどまでは一人のものであったのに、今度は複数人の叫び声が同時に聞こえてきた。
いったい何が起きてやがる。
認証盤の中に蔵っていた刀を取り出し警戒心を高める。
このダンジョンには鷲獅子が住んでいるが、季節的に今は上層で眠りにつき、滅多なことが起きない限り中層へと降りてくる事はないはずなのだが――今聞こえてくるこの叫び声は、恐怖に慄く悲鳴だ。
――っん⁈
ダンジョンの内に入り進んでいくと血と糞尿の混じった匂いがダンジョンの奥から漂い、奥からこちらへと近づいてくる足音が聞こえ。
おいおい……。
足音の――異臭の正体が俺の前に姿を現した。
現れたのは十代の子供を抱きしめるように抱きかかえ、死に物狂いで何かから逃げるように走る人間の女の姿。
女は後ろを頻繁に気にし、死に物狂いで何かから逃げているせいで俺の存在に気づかず。
「――あぁぁぁ!」
ぶつかるまであと二歩というところで俺の存在に気づいて叫び声を上げた。
女が絶望した表情でその場へと力無く崩れ落ちる。
状況はわからないが、女に敵意はないようだ。
いくら人間だからといっても、無抵抗の女を無意味に殺す気にはならない。
怯える女の肩に手を添えて、こちらに敵意がないことを伝える。
すると、女が俺に何かを言ってくる。
「■■■■、■■■■」
人間の使う言葉はわからないが……それでも女が涙を流し、血と糞尿の臭いがする子供を助けてと言うように、俺と交互に見る様子からその思いだけは伝わった。
「…………」
これは……。
子供の様子を見て、俺は女に首を振った。
これは無理だ。
子供は少年、年齢はカナミと同じか少し下。
少年の半分見開いた目に生気はなく、喉元をみれば、それが胴体と殆ど繋がっていない事がすぐにわかった。
少年の首は何に抉られたのだろうか、骨も何かに砕かれているようで、うなじ部分に残った肉と皮膚だけでかろうじて繋がっている状態。
こんな状態では秘薬があったとしても、生き返ることは不可能に近い。
「うあぁぁぁぁ!」
俺の返答に女が子供を抱き締め、俺の言葉を否定するように、首を横に振りながら泣き叫ぶ。
この女の子供なのだろう……。
少し……ほんの少しだが胸が痛い。
目の前で家族が死ぬのは辛いものだ。
その点においてのみは同情する。
――にしてもだ。
この傷跡を見て余計現状がわからなくなった。
いったいどうやって付けられた傷なのだろうか……。
この傷跡は刃物ではないし、噛み跡でもない。
この傷はまるで力任せに抉りちぎったようなそんな歪な形をしている。
だが、このダンジョンにそういった類の魔物はいないはずだ。
だからこそ、この傷の原因がわからない。
「■■■、■■」
女が何かを伝えようと、逃げてきた奥を振り向き、恐怖と怒りに満ちた声で何かを訴えてくる。
「■■■、怪物■」
怪物か……。
何を伝えたいのかはわからないが、女が怪物と言ったのは聞き取れた。
怪物とは俺らを……人間が魔物などを呼ぶ時の言葉だ。
本当の怪物はどっちだと言ってやりたいが……女は俺に対して言っているわけではなく、今も叫び声が響くこの先にいる何かに向かって言っている。
「怪物■、■■■■■!」
何かを伝えようとしてるのはわかるが、これ以上はうるさいだけだ。
女の言葉を聞き取ろうとしたが、無駄だと判断した俺は多少悪いと思いつつ女の首を絞め、気を失わせてその場に俺は横たわらせた。
未だ現状を把握できないが、刀を引き抜き叫び声のする方へと歩き進む。
血と糞尿の臭いが先ほどよりも酷い……。
進むほど異臭が強くなり、それに伴って叫び声が減っていく。
いったい何が起きてるんだよ。
俺がそう思った瞬間――
「ウオォォォォ!」
男の怒号が――振り下ろされる剣の風切り音と共に聞こえ。
振り下ろされただろうその剣が、硬い金属によって弾かれる音が聞こえてきた。
音が近い。
周囲に細心の注意を払いながら俺は音のする場所へ走り――
すぐに音がする、すべての元凶の元に辿り着いた。
その場所は少し広めの空間で、奴隷商達がしばらく暮らしていた痕跡あるが、今気にするべきはそんなことではない。
視界に映るのは無数の死体。
先ほどの少年のように首元を抉られたものもあれば、頭を踏み潰されたものや、切り裂かれ内臓が掻き出されたものがそこら中に転がり――そんな中で向き合い立っている二人の姿。
一方は息を切らしつつ、丈夫な装備に大剣を握り複数のスキルを併用する男。
もう一方は、カナミに助けてと頼まれ、死んでいるだろうと思っていたカズの姿。
この状況が理解できない。
何故こうなっているのか、その訳がわからないわけではない。
わからない訳ではないが、ありえないのだ……。
カズと対立し、大剣を握る男は強い。
それはスキルだけでの判断ではなく、その鍛え抜いた肉体と覇気を見れば、里の若い衆一人では太刀打ちできない――Aランク相当の実力者だとわかる。
わからないのは、そんな奴を相手に何故カズが立っているのかだ。
カズのランクは高く見積もってもD――その上今の彼奴の姿をみれば、その勝敗がすでに決しているのは誰の目からも明らかだった。
カズの右腕は拷問にでもかけられたのだろう、すでに拳は無く、手首から肩にかけて骨が露出し、捻り千切れそうな状態で……その上裸の体には無数の切り傷に打撲痕が、真っ白な袴は赤く――赤黒く染まっていた。
もう生きているのも不思議なそんな状態。
そんな状態であると言うのに――
大剣を握る男が斬りかかる。
が、それをカズは身を逸らすことで躱し、その上反撃を入れようと、左腕と体を使って、男が持つ剣の柄を――男の腕ごと脇で挟み込むと。
男の動きを封じ『――ッボキ!』と、音を鳴らして、その腕を砕き潰した。
「アァァァ!」
男が痛みから叫び声を上げるのと同時に、握っていた大剣を地面に落とす。
どういった理屈であの体勢から男の骨を砕いたのかはわからないが、そもそもスキルを使えない彼奴にこんなことは不可能で――
そんな事を考えていた俺は一瞬油断し。
両手を砕かれ叫んだ男が、その開け放った口でカズの首元に噛みつこうとした事に、すぐ気づく事が出来なかった。
「そいつから離れろ‼︎」
咄嗟に俺は叫んだが、一瞬遅れた俺の警告が間に合うはずもなく。
男はカズの首に噛み付くと、カズの体を蹴り飛ばして、その首を噛み切った。
「――クソ!」
すぐさま駆け出し、抜き放っていた刀で男の首を刎ね飛ばす。
地に落ちた男の顔を見れば満足そうに笑っていて、男の絶命を確認しながら。
俺は急いで蹴り飛ばされたカズの元へ駆け寄り、認証盤に蔵っていた回復薬を取り出し、その中身をカズの首に急いでかけた。
「おい! 死ぬんじゃねぇ!」
こんな失態で死なれでもしたら、それはもう俺が殺したようなものだ。
回復薬の効果によって、首の傷が塞がっていく。
傷が塞がると言う事は、まだ死んでいないと言うことだ。
「おい! 死ぬな!」
俺の言葉に、カズの閉じた瞼がぴくりと動き。
「目を覚ませ!」
そんな俺の必死な叫びに――
「うるせぇな……少し黙れよ……」
満身創痍のカズが、立ちあがろうと体を少し動かした。
「馬鹿野郎! まだ動くな、出血が――」
立ちあがろうとするカズの肩を押さえるために手を伸ばすと同時に、
「うるせぇって、言ってんだろうが!」
「ーーッ⁉︎」
俺の反応を上回る速度で、カズが俺の口元を掴むように塞いだ。
突然の出来事ではあった。
突然の出来事ではあったが……決して気は抜いていなかった。
ただ、単純にカズが俺の反応速度を彼奴の動きが上回ったというだけの話だが、その動きは以前、俺が警告した時とはまったく別物の動きであり。
「……お前かよ」
そう口にしながら開かれたカズの眼球は真っ赤に充血していた。
言葉なく俺の口元からカズは手を離すと、一人で立ち上がりダンジョンの外へと歩き出しーー
俺はそんなカズの姿を呆然と身送ることしかできなかった。
……ふざけんなよ。
この現象に、俺は心当たりがあった。
先ほど見たカズの目は真っ赤に充血し、その動きと力は異常としか言いようがなく。
普通では考えられないこの短期間での変化にその特徴。
――クソが!
きっとこの事を知っていただろう先生に対して、俺はどうしようもないほどの怒りが湧いた。
「なんで修羅なんかに堕ちてやがんだ!」
力に飲まれてしまったカズに対して叫ぶ。
修羅――修羅道。
思い出したくもない、それでも忘れるわけにはいけない記憶。
兄達に憧れ、追いつこうと力を欲し、必死に努力した俺が、追いつくことができない兄達を恨み……一度堕ちてしまったその現象。
俺のことを救おうとしてくれ、救ってくれた兄達の笑顔を……その死顔を今でも覚えている。
カズの跡を追い、その姿が見えた瞬間に『グチュ』と鈍い音が聞こえた。
音はカズの足元から聞こえ、ゆっくりと近づいてその音の原因を視覚に捉えれば……。
「…………」
察しはしていたが、あまりにも無慈悲な光景に俺は言葉を失った。
カズの足元には、先ほど俺が無理やり眠らせた女の体と、少年の死体が横たわり、先ほどと違うのは、その女にもう息はなく――その頭部も無くなっているということ。
「…………」
なんと言葉をかければいいのか俺にはわからない。
そもそもこいつにもう自我など残ってはいないだろう。
あの状態に堕ちれば、精神は怒りに支配され、全身を激痛に襲われる。
そしてその命を落とし、魂が消滅するまでの間、破壊の限りを尽くす存在と化すのだ。
それが修羅道――人の道を外れた外道の禁忌。
秘薬があれば救える可能性もあるが、そもそも俺は持っていない。
親父のように先生が持っている可能性もあるが、もう手遅れだ……。
もうカズから殆ど生気を感じない以上、素早く殺してやるのが今の彼奴にとっての唯一の救いだろう。きっと後少し、ほんの少し早く駆け付けられれば救えたはずだったのだ……。
後悔の念を胸に感じながら、俺は刀を振りかぶり、先ほど大剣を持った男の首を切り落とした時のように。
俺はカズを、背後から斬りかかった。
――が。
「うそだろ……」
その一刀でカズの首を両断することは出来なかった。
カズが左手で、素手で俺の刀を握りしめるようにして掴み止めたのだ。
その技はまるで、あのババアが時々俺の太刀筋を指摘する時のようで……。
俺はカズの力量を、修羅道による能力の上昇を完全に見誤った。
「――――ッ」
スキルだけでは足りないと判断して急いで魔装と闘気を見に纏い。
受け止められた刀に力を込め――肉と骨が断ち切れる感触を感じながら、カズの腕を切り落とし、瞬時にもう一太刀いれるため振りかぶった俺は――
こいつはいつ修羅に堕ちたんだ……?
と、そんな疑問に頭を支配された。
今更すぎる自分の疑問に、この惨状を作り上げた原因に頭が真っ白になる。
カズがここの連中を皆殺しにしたということは、こいつはその時点で修羅道になっていたということだ。そうでなければ元が弱いこいつがこの状況を作り出せるわけがない。
刀がカズの首に当たったところで刀を止める。
あるはずがない。
あるはずはないが……。
「おい……俺の言葉がわかるか……?」
返事は返ってこない。だが攻撃してくる素振りも無く、カズは俺のことをただ見ているだけで……その視線にもう生気がないことだけは、すぐに理解できた。
カズの体が前のめりに倒れ込んできたのを抱き止める。
「くそ……」
救い用がない馬鹿だ。
自分が間抜けすぎて、これ以上の言葉が出てこない。
抱き止めたカズの遺体を地面に寝かせ、左手を切り落とした時に落ちた認証盤を拾い気づく。
カズの認証盤は俺が身につけている認証盤と同じ、龍帝式のものであった。
カズの認証盤を自身の認証盤へと蔵い、先ほど寝かせたカズの遺体を抱き上げる。
ここへくる前の先生の言葉、あれは俺が来たところで結局何も変わらないとでも言いたかったのだろうか。
今思えばそう言いたかったのだろうなと思えてくる。
実際俺が来てやったことと言えば、無力な女を眠らせ、両腕を折られた男の首を刎ねただけ。
自分の無能ぶりにはほとほと呆れてしまう。
カズの遺体を連れて先生の元へ戻ろうと思い一歩踏み出した瞬間に――
「はぁ⁈」
突然カズを抱きかかえているはずの両手がすっぽ抜け、体勢を崩して転けそうになった。
すぐに手元を、足元を確認しても、そこにもうカズの体はなく、あるのは血がついたぼろぼろの白い袴と得体の知れない黒い霧が霧散していく光景。
周囲を見渡しても、そこにあるのは女と子供の死体だけで――
二人の死体だけのはずだったのに……。
周りを見渡し視界を一瞬外し、再び視線を戻したその時には、女と子供の死体に挟まれるようにして倒れている、先ほどまではなかったはずの服を着ていない全裸の男が倒れていた。
突然の出来事に思考が停止し、その光景に頭が如何にかなりそうになる。
「ありえないだろ……」
目眩が起きそうな自分の頭を押さえながら、そこに倒れている男の姿を確認する。
服を着ていない男の体は無傷で、その胸は呼吸をして上下に動き、その男の左腕には真っ黒な――龍帝式の認証盤がはめられている。
男の顔を見る前に、先ほどしまったはずのカズの認証盤を取り出そうとするが……取り出すことは出来なかった。
そんなはずない。
そう思いながら、俺は男の顔を確認する。
「どうなってんだよ……」
突然現れた男の正体はカズ。
先ほど死んだはずのカズ以外の何者でもなかった。
息を吹き返して横たわるカズの姿に、俺は数分間この現象に理由をつけようとしたが、理由がわかるはずもなく。
『あれは異質な何かとでも言っておこうか』
そう言った先生の言葉の意味を、俺は今更理解した。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




