【禍福の時】03
●●●●●●
外はもう日が出た頃だろうか?
奴隷商に捕えられ、奴らが拠点としているダンジョン内に連れてこられてから、すでに四時間以上経過した。
やはりとでも言うべきか、外にいた五人の奴隷商とは別に、此奴らの拠点には何人もの奴隷商が控えていた。
流石に子供はあの一人だけのようだが、暇つぶしのためか、大将の女なのかはわからないけれど、戦闘要因ではない女達も複数名いる。
全部で二十、外に出ている二人を合わせれば、二十二人の一団。
それなりに大きい規模の奴隷商のようだ。
此奴らが拠点として使っているこの場所を俺はよく知っている。
ここは俺の恩人――探窟家に案内され、探窟家と別れた、高原にあるダンジョン出口付近にある、広くそれでいて何もない空間だ。
そんな思い出ののあるこの場所で。
今、俺は棒状の枷に両腕をT字に固定され、地面に突き刺した杭と鎖で両足を拘束された状態のまま――
俺へ視線を向けて話す奴隷商の会話を、口を閉ざして聞いていた。
「こいつ何も吐かないんですけど……本当に喋れるんですか?」
「俺達のこと揶揄ってるわけじゃないっすよね?」
「ああ、喋れるのは戻る前に確認した」
「おやっさんの言葉を信じないなんて、お前ら取り分減らされたいのか?」
「「…………」」
尋問担当の奴隷商二人と、俺を拘束した大将とチャラ男の会話。
尋問担当の二人からの言葉を、俺は口を閉じたまま延々と無視し続けていた。
何故無視し続けているか――そんなの聞かれるまでもない。
『記録石を捨てろ!』だとか『住処は何処だ?』だとか『ほかに仲間は何人いる?』なんて事ばかり言ってくる此奴らに、言葉を返す価値など一切ない。
「アイロさんはともかく、おやっさんが言うなら言葉を話したのは本当のことだとは思うんですけど……ここまでされてるのに声を一切発しないとか、もう言葉自体がわからないとしか思えないんですよね。折ってもダメ、砕いてもダメ、削いでも切り落としてもダメ。これ以上やったら流石に持ちませんよ? 正直この状態で、何で正気を保ててるのか、わからないぐらいですし……それにこいつの目、ちょっと気味が悪いんですよね……」
失礼なことを言う奴だ。
存在自体気色悪い自分達を置いといて、よくそんな言葉が吐ける。
「気味悪かろうが抵抗できてねぇなら、気にする必要はねぇ。それより二人がいまだに戻ってこない方が問題だ」
大将男の言葉に周囲の奴らが押し黙った。
二人とはカナミを追って行った奴らのことだろう。
「どうせこいつと一緒にいたって女で、二人揃って遊んでるんですよ。あいつら異種族の女で遊ぶの大好きですし、ほんと趣味が悪りぃ奴らだ」
尋問担当の近くにいた男が、そう茶化すように言うが――
その言葉に苛立った大将男の鋭い睨みに、男は『すいません……』と、すぐに謝罪した。
あの二人がここへ戻ってくることなどもうないと言うのに、滑稽な奴らだ。
「まぁまぁおやっさん。もうちょい待ってみて、帰って来そうになかったら、今度はちゃんと人数揃えて偵察にいきましょうよ」
「ああ、そのつもりだ」
チャラ男の言葉に、大将男がそう答えると。
付近にいた俺から見ても雑兵の男達が二人、オドオドしながら近づいてきた。
「――あの、俺らもついてっていいですか?」
「何故だ?」
「いやぁ〜そのぉ〜」
「はっきり言え!」
大将男の言葉にびくりと頷きを返すと、雑兵は大将達と共に偵察へ行きたい理由を、言葉を詰まらせながら、照れくさそうに説明する。
「――はい! ……その、いい女がいたら遊ばせてほしいなと思って……」
「まったく、ダメに決まってんだろ。今のお前らが女に手ぇ出したらどんな上玉もタダ同然になっちまう」
雑兵の言葉に、チャラ男は煽るように指摘すると。
チャラ男の言葉に大将男が。
「違いねぇ」
と、失笑し。
一連の話を聞いていた奴隷商達が一斉に笑い出した。
「「ハハハハハハハハ」」
洞窟内に、奴隷商の笑い声が響き渡る。
はぁ……。
救えないし、救えない。
救う気もないが、救えねぇ奴らだ。
気持ちが悪い。
気分が悪い。
下衆といっても限度がある。
はぁ……。
本当に、救いようのない塵共だ。
ここまで口を閉ざしていたが、これだけは聞いておこう……。
「なぁ――お前らにとっての亜人ってなんだ?」
「「――⁉︎」」
「ほら喋った!」
チャラ男を除き、俺の声を聞いた全員が動揺し、大将男が訝しげに睨んでくる。
「何故今頃喋り出した?」
「なんでも何もないさ、時間的にこれ以上黙ってる必要もないなと思っただけだ」
「だからなんで今頃話し出したか聞いてるんだ。自分の腕の状態がわからないわけじゃないだろ?」
T字に拘束される自身の右腕を見てみると、そこにはあるはずの拳は既に無く、手首から肩あたりにかけて、皮と肉が削がれ所々骨が露出している。
まぁ、だからどうしたと言う話だが。
此奴らにとってはこんなどうでもいいようなことが、まるで肝心だとでも言いたげだ。
「はは――」
馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
「こんな腕どうでもいいから答えてくれよ。お前らは亜人をどう思ってるんだ?」
笑いながらもう一度、大将男に俺は聞く。
…………。
周囲にいる他の奴隷商が俺のことを、まるで異物を見るかのように見てくる中、大将男だけは俺の目を注意深く覗き込み。
こんな状態の俺に警戒心を抱いているようだった。
「なぜそんなことを聞く?」
「聞きたいから聞くだけさ。お前らが俺に龍人達の住処や俺の素性を知りたいのと同じだよ。疑問に思ったら聞く、何も変な話じゃないだろ?」
「お前の質問に答えてやってもいい。その代わりお前もこっちの質問に答えろ」
大将男の言葉に俺は返事を返さなかったが、大将男は俺から視線を外し、周囲にいる奴らを一目見て、自分の息子を見つめると。
「俺たちにとって異種族は金だ」
そう話し始めた。
「命張って魔物を狩って、得られる金なんて大した金額じゃねぇ。なのにそんな魔物に何人も仲間が殺された」
ペラペラと、どうでもいいことまで喋り出した男に、聞いたのは俺ではあったが面倒くさいなと、心の中で息を吐く。
「魔物の討伐で死んだことを名誉だって言う連中はいるし、Bランク以上になりゃ確かにいい額の仕事はいくつでもあるさ、でもな――」
男はそう言うとまるで干渉にでも浸っているかのように息を吸い。
「死んだ仲間の家族を食わすにはそんな額じゃ足りねぇんだよ」
そう覚悟を持った表情で語ってきた。
「だから俺らにとって、異種族は金以外のなんでもねぇ。それが答えだ、満足したか?」
「あぁ……満足だよ」
とんだ三文芝居を見せられた気分だ。
だがまぁ、最終確認のために聞けてよかった。
確かに、コレにはコレなりに、その考えで筋が通っているのだろう。
――だが結局、それはコレの理屈でしかない。
だってそうだろ?
結局コレの頭の中ではどう言い繕っても、亜人は金以外のなんでもないと言うことで、それ以外の何者でも無いと言う事なのだ。
何もかもが根本的に間違っている……。
これが世界を狂わせている原因だ。
人を人とは思わない奴らなど、それはもう人じゃない。
そんなモノは魔物以下の存在で、救うべき者ではない。
だからこの世界には必要ないのだ。
もちろんこれは俺の理屈でしかないが、そんな理屈で言い争うつもりなどない。
人を人とは思わない物なんて、それはすでに人じゃ無いんだから、話し合う必要なんてあるはずがないのだ。
「――カチッ」
ダンジョン内に何かが砕ける音が響く。
気にする必要はない、この音は俺の奥歯が砕けた音だ。
いつもそう、これを使うと力の加減が出来ず、少し歯を食いしばるだけで自分の歯が砕けてしまう。
「――ッバン!」
先ほどとは違い大きな音が響き渡り。
「――そいつを抑えろ!」
音と同時に大将男が、異変に気づき俺を押さえつけようと手を伸ばしてくるが――もう遅い。
体を拘束していた拘束具を無理やり引きちぎり、駆け出した俺を捕まえる最後の好機をこの男はすんでのところで取り逃がした。
馬鹿な男だ。
敵が死んでないと言うのに、感情に任せて警戒心を解くだなんて。
自殺願望があるのなら、初めから死んでいればいいと言うのに。
まぁ、どうせ死にたくなる思いをこれからするのだから、それはそれでいいだろう。
大将男から伸ばされた腕を躱した俺は、他の奴らに気をつけながら一直線に走り、こちらを呆然と見つめていた奴の首を左手で鷲掴みにする。
「ハハ」
別に楽しいわけではないと言うのに『やめろぉー!』と、大将男は叫ぶのだろうなと想像すると、自然と笑いが込み上げてきた。
いや、笑えたと言うことは楽しいのだろうか?
いや、そんな訳はない。
楽しいはずがない。
俺は今苛立っているのだ。
苛ついているのだ。
怒っているのだ。
怒り狂っているのだ。
「――やめろぉー!」
大将男の叫び声は、想像したものよりも悲鳴に近く。
「ハハハ」
苛立たしすぎて、笑ってしまった。
仕方がないだろう?
ああも威勢よく確固たる姿勢をとっていた男が、こうも間抜けな声をあげるのだ。
自分達がどれだけそう言った助けの言葉を足蹴にして、多くの人達の人生を地獄に落として来たのか知らないわけじゃないだろうに、実に都合のいい言葉を吐いたもんだ。
俺が今鷲掴みにしているのは少年――今叫んでいる男の子供。
そして男は俺がこれから何をしようとしているのか、察しがついて叫んでいるのだろう。
自業自得、因果応報……。
言葉なんてどうでもいい。
言葉は人にかけるもので塵にかける言葉など無い。
「――ゔぅ」
少年の首を掴む手を閉じると、少年は口からそんな音を鳴らし、首元から血が流れ出すのと同時に、その体は地面へと崩れ落ちた――
「うぁあああああ!」
聞こえるのは崩れ落ちた少年を見て叫ぶ男の声と、見えるのはこの状況がいまだ理解できず呆然としている塵共の姿。
「ハハハハハ――」
滑稽だ。
滑稽すぎて腹立たしい。
腹立たしすぎて笑えてくる。
平和な世界を害する塵が――
人を人とも思わない塵共が――
そんな全てがどうでもいいと思えるほど。
『俺は、俺自身が、殺したいほど苛立たしい』
少年の亡骸から短剣を引き抜き、この果てしない怒りから逃れるために。
「さっさと終わらせよう……」
ーーと、ため息混じりに俺は言葉を吐き捨てた。
●○●○●○
「吹雪いてんなぁ」
数メートル先が見えない程の大雪が降る山の中。
苛立ち混じりにそう言葉を吐いたのは、師の屋敷へ向かうアビだった。
いつも通りの道のり、多少視界が悪かろうが何の障害にもなり得ないこの道のりに、アビは今苛立っていた。
今朝カナミが家にいなかった。
初めてというわけではない、カナミは時々こうやって家や里を抜け出すことがある。
大抵は昼や夜までに、お腹が空いたと言ってけろっと帰ってくるが、帰ってくるとわかっていても、俺らの――カナデや親父さんの心配が無くなるわけではない。
多少過保護かもしれないが、カナデ達の気持ちを思うとそんなことは口が裂けても言うことはできない。
母を亡くした後のカナデにとって、カナミの存在は自身の妹と言うよりも、娘のような存在。
そんなカナミが理由もなく家にいない、それがカナデにとっては何よりも心配で……その心配を、この雪がさらに重いものとさせていた。
「カナミーー!」
……だめか。
視界だけではなく、降り積もる雪のせいで声まで遠くへ届かない。
気配を消すのがうまいカナミを探す側にとって、この環境は最悪としか言えない。
そう考えた直後だった――。
「――――っ!」
血の匂い⁉︎
山の中腹にある草原地帯――今は雪原のその場所から少し登ったところ。
血の匂いに気づいて、足元を注意深く見ながら雪を軽く掘り返すとそこには大量に血が滲んだ跡があった。
血の匂いは人間のもので、二人分……。
片方はあの気に食わない男のものだとわかるが、もう一方の血が誰のものなのかわからない。
周囲を注意深く見渡してみれば、争った形跡と複数人の足跡。
「ざけんな……」
そしてその中には小さな形の、カナミのものと思われる足跡まで見つかった。
カナミの足跡に気づいた瞬間には全力で――地面から『ドン!』っと、音を鳴らして走り出していた。
複数人の足跡の正体は奴隷商のものだと経験でわかる。
そしておそらくあの男が――あの気に食わない人間の男がカナミを庇いながら、囮になり一人戦ったのだと理解した。
カナミを逃すために彼奴は戦い……負けたのだろう。
多少残っている山を登った足跡の数は三人分しか無く、その中に彼奴のものは無かった。
今あるのはカナミと、カナミを追う二人の足跡のみ。
不安が頭をよぎる。
カナミに何かあった時のことを考えると、それだけで胸が苦しくなる。
――嫌だ。
カナミが傷つくのも、それを知った時にカナデが傷ついてしまうのも絶対に嫌だ。
無我夢中で走り――走り続け――。
「よかった……」
俺は心の底から安堵した。
匂いがしたのだ。
先ほどよりも強い人間の血の匂い。
二人分の人間の血の匂いだ。
血の匂いがする元へ、先生の屋敷に着けば、そこには二人分の――人間だったものの肉片がそこら中に散らばっていた。
先生が遊び半分でやったのだろう。
獣や虫がいないこの時期に、この肉片をいったい誰が片付けるというのか……。
だがいい、今はそんな事よりもカナミが無事であるとわかったのだ。
「今日は早いね?」
屋敷の敷地のその入り口である門をくぐると、屋敷の縁側であぐらをかいて酒を飲んでいる先生が喋りかけてくる。
空の酒樽が目の前に転がっている様子を見るに、どうやらここで夜を明かしたようだ。
「……カナミは無事だよな?」
「ああ、傷物にもなってないし、膝を擦り剥いてたが治してやったよ」
「そうか……それでカナミは?」
「客間で寝かしてるよ」
まったく、奴隷商に襲われたと言うのによく平然と眠れるものだ。
さすがは自由人のカナミといったところだろう。
そう考えると笑い事では無いが、口元が緩み笑えてしまう。
「普段走らないから逃げ疲れたんだろうな」
「違うよ。うるさかったから私が眠らせたんだ」
「――は⁉︎」
嫌な予感がする。
「叩いたりしてねぇよな?」
「やっと調子が戻ったね」
「うるせぇよ――それより叩いてねぇだろうな⁉︎」
「うるさい奴だね、隅から隅まで完璧に治してやったさ」
「…………」
治したと言うのなら外傷はないのだろうが……このババアは死にさえしなければ何をやってもいいと――たとえ死んだとしてもそれはそれでいいと考えてる気狂いババアだ。
「カナミの様子を見てくる」
「そうしな、それでそのまま里へ連れて帰りな」
「言われなくてもそうさせてもらうさ――」
先生の言葉に返事を返した俺は、屋敷の玄関から客間へ向かって歩きながら。
なぜ先生はカナミを眠らせる必要があったのだろう……?
そんな疑問がふと浮かんだ。
先生は無茶苦茶なことを言うし、やるが――無意味に手を出す人でもない。
初めから相手を殺す気だったり、酒に酔いすぎている時を除けばだが、それでもあの人はカナデにだけは嫌われることを絶対にしない。
理由は知らないが、それだけは断言できる。
だからこそ、先生の行動は疑問なのだ。
客間の前に着き襖を開ければ、適当に敷かれた布団の上に布団をかけられたカナミが寝かされていた。
「大丈夫……だよな?」
掛け布団を捲り、着物の上から念の為、カナミの体を見える範囲で確認する。
見た限り別状はなさそうだが、万が一を考えて、里に戻ったらカイさんにみてもらった方がいいだろう。
カナミの体を抱き上げる。
軽い……。
……それでも、この重みはカナミが生きているという証明で、本当に無事でよかったと再度安心し――今回の一件について、カナデにバカほど怒られるのだろうなと、カナミの寝顔を見て苦笑した。
「アビ……くん……?」
抱きかかえた拍子に目が覚めてしまったようだ。
「痛いとこはないか?」
「うん……」
「ならいい。今から里に帰るから眠っとけ」
こくりと頷き、目元を擦る様子を見るにまだ眠いようだ。
「……あの人は?」
そのまま眠るだろうと思っていたカナミが聞いてくる。
「あの人?」
寝ぼけているのだろうか?
「――カズ」
違ったようだ。
「彼奴は死んだよ。お前のせいじゃない。だからお前が気にする必要は」
俺がそこまで言うと。
「――うそ! アビくん!」
「――っゔ」
突然のカナミの大声に、両手でカナミを抱き抱えてた俺は耳を塞げず、その大声を直接耳で受け止めてしまった。
「なんで嘘つくの!」
再びの大声に『はぁ〜』と、俺は息を吐く。
俺の嘘は下手なのだろうか、カナミは俺の嘘をいつもすぐに見抜いてくる。
「ねぇ! アビくん!」
「――たく、うるせぇな」
カナミは完全に目が覚めたらしい。
だがそれならそれで言いようはある。
「――そう嘘だよ。でもな、間違いなく彼奴は死んでるか、奴隷になってる」
嘘が通じないのなら本当のことを言ってしまえばいいのだ。
カナミの様子を見るに彼奴を心配しているようだが、そんなことは知ったことではないし、カナミと彼奴の接点を知らない俺としては、なぜこうもあんな奴のことを心配しているのかわからないが――
「眠ってばっかで、なに考えてるのかわからない奴だったが、お前の代わりに犠牲になってくれたんだ。申し訳ないと思うんだったら、二度と一人で里の外に出ようなんてすんなよ」
こう言って脅した方が、カナミには効果的だ。
「……なんで? なんでもう終わったみたいな言い方するの?」
「…………」
泣きそうなカナミのその訴えに俺は沈黙を返し。
「下ろして……下ろしてよ!」
「やめろ……」
抱き抱えているカナミがじたばたと、駄々をこねる子供のように暴れ始めた。
こうなった以上、口で何を言ってもカナミは聞かないだろう。
カナミはそういう奴だ、いつだって自分が思ったことを、やりたいことを最優先して後のことは考えない。
自分勝手にも程がある――
「もう手遅れなんだよ! それに今はそんなことより、お前のことを襲った奴らが里に攻めてくることを考える方が先だろうが!」
怒鳴り声で、カナミを無理やり黙らせる。
これで諦めてくれればそれに越したことは……なかったと言うのに。
カナミの目元から涙が溢れ出した。
くそ……。
自分でも何に腹を立てているのかわからないが、それでも無性に腹が立つ。
俺が彼奴を助ける義理もないし、助けに向かったところで結局死んでいるか、すでに奴隷になっている。
だと言うのに――
「お願いだから……もう全部、なんでも言うこと聞くから……」
胴着の襟を掴みそう言うカナミの声は切羽詰まった、訴えかけるような、悲鳴にも似た叫びで……。
「アビくん……お願いだから、あの人を、カズのことを助けてあげて……」
彼奴を助けに行く気はないが。
そのつもりはないが、奴隷商の連中は皆殺しにしなければならない。
そして奴隷商の連中を殺しに行くなら、出来るだけ早い方がいいのも確かだ――
クソ……。
色々自分に言い訳してる時点で、もう結論は出ているようだ。
「アビくんお願いだから……」
「わかったから、わかったからお前はもう泣くな。泣かないでくれ……」
カナミを布団に下ろして、頭にそっと手をのせる。
「さっきも言ったがもう死んでるかもしれねぇし、生きてても奴隷になってたら助かる可能性は低い」
「それでも――」
「ああ、行ってやるよ、だからそんな顔すんな」
泣きながら、カナミは俺の言葉に頷くとゆっくりと目を閉じ、安心したように表情を緩めて、意識を無くしたように再び眠りに落ちてしまった。
毎度思うが女の涙はずるい、見ているこっちが罪悪感を感じてしまう。
他人であれば無視もできるが、俺にとってカナミは妹のような存在だ。
そんなカナミが涙を流して頼んでくる以上、初めから俺に断ることなどできるわけがなかったのだ。
――さて、助けに行くと決まればゆっくりとしている暇はない。
里への奇襲もありうる以上、できるだけ急いだ方がいいだろう。
向かう場所は上月山のダンジョン、時期的にその周辺に奴隷商はいる。
そうでもない限り簡単に里の東部に来るのは不可能だ。
眠りについたカナミに布団をかけ直し、最後にカナミの顔を見ながら。
「結果がどうあれ、受け入れろよ……」
俺は眠るカナミにそう言い残した。
「何しにいくつもりだい?」
「どうせ聞いてたんだろ? 時間が無いんだ、とぼけたふりはやめてくれ」
「…………」
先生の能力は異常だ。
屋敷の敷地内の中であれば音は殆ど聞こえるだろうし、そもそも気配探知だけなら、山に入った者の気配すら感じ取れる。
初めから先生は奴隷商の来訪に気づいていた、気づいていたのに何もしなかったのだ。
「カナミのことは頼みますよ」
先生にそれだけ伝え、上月山に向かおうと振り向き。
「おいおい」
と、先生が突然、身震いするような威圧感を放ち。
「何しにいくつもりだと聞いているだろう?」
そう再び聞いてきた。
「……なにって、だから話を聞いてたんだろ……それなのに――」
その言葉の違和感に、身震いするような恐怖感に先生の方へと振り向き直せば――先生は俺のことを小馬鹿にするように見つめ、そして……邪悪に笑っていた。
「あんた……何を……」
いったい何を考えているんだ……?
「あれを助ける必要なんてない。助ける必要なんて初めからないんだよ」
先生のその表情が、その言葉の意味をさらに訳のわからないものに変えていく。
彼奴がもう死んでいるのなら『助ける必要なんてない』なんて言い方はしない。
そして助ける価値がないと、言っているわけでもない……。
「何を隠してやがる?」
「ハハ」
先生が笑う。
以前からそうだ、先生に彼奴のことを聞いても『さあね』としか答えず、小馬鹿にするように笑ってくる。
「そうだねぇ〜」
え……。
だが今回は違った。
「カズのことを言葉で教える気はないが――あれは異質な何かとでも言っておこうか」
先生はそう言うと。
「ハハハハハ」
再び笑った。
「一度壊れたものは全く同じには治らない。繊細なものならなおさら、それが何度も何度も壊れたなら、それはもう元の形に戻れるはずがないのさ」
…………。
いったい何が言いたいのか、その言葉の意味を探る俺に対して先生が真顔になり『はぁ〜』と、呆れたような息を吐いた。
「まったく、彼奴の息子のくせにお前は本当に頭が悪い奴ねぇ。もういい、行って見てきな、そうすりゃ答えがわかるはずさ。今から行けばちょうど面白いものが見られるはずだよ、酒のつまみに合いそうな面白い光景がねぇ」
そう言い終えると、先生は顔を歪めて不敵に笑い……もう言うことはないと言いたげに、屋敷の中へと姿を消した。
背筋に――ゾッと、悪寒が走る。
悪寒の原因はわからない。
何かの気配を感じるわけでも、何か身に起きたわけでもない。
「意味わかんねぇこと言いやがって――」
上月山へ向かって俺は走り出す。
『今から行けばちょうど面白いものが見られるはずだよ』
悪寒の原因はこの言葉だ……。
そこまで言うのなら臨むところ、その面白いモンを見てやろうじゃねぇか。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




