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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第一章 三度目の始まり
14/46

【禍福の時】02

 ――さて。


 こちらに向かってくる男達から隠れるために、走って来た道にある木の裏に、雪に残った自分の足跡を踏んで足跡を偽装しつつ身を隠す。


「ふぅーー」


 気分は悪いが、頭は驚くほどすっきりしている。


 やることは昔と同じだが、今回はそれだけでは足りない。

 根本的な問題を解決しなければ、この状況は何も変わらない。


 木の裏に隠れ、息を潜めて二分、ようやく地を駆け山を登ってくる二人の足音が聞こえてきた。

 もう少し早く来ると思っていたが、思っていた以上に距離を離せていたようだ。


 木の影から月光を頼りに男達の姿を確認する。


 男達の姿は茶色く安っぽい毛皮のコートを身にまとい、黒だか茶色だかわからないほど汚れたズボンとブーツを履いている。


 軽装だな……。


 奴隷商の男達の腰にはお互いに剣と短剣が一本ずつかけられているが、回復薬や鎖などを持っているようには見えない。

 奴らも想定外だったのだろう。


 今日は三月一日――それが意味しているのは、上月山のダンジョンの入り口が開く月であると言うこと。

 奴らは俺と同じ道を通ってここへやって来たのだ。


 服装と時刻的に見れば、奴らは奴隷商の一団の一部、その偵察隊。


 カナミを見つけたのは奴らも偶然だったのだろう。

 それでも奴らはカナミの事を身を隠して追跡していた。

 どうせ隙を見てカナミを拘束するか、亜人達の住処を見つけようとでもしていたのだろうが、それにしたって気持ち悪い奴らだ。


 奴隷商二人が、俺の潜む木の横を通り過ぎようとした瞬間。


「――ッ⁈」

「――っな⁈」


 男の一人に体当たりする。


 突然横っ腹を体当たりされた男は背中から倒れ俺の下敷きとなると、すぐに俺の体へしがみつき、もう一方の男も横目で俺を確認すると、すぐに立ち止まって、腰の剣を引き抜いて俺へ斬りかかるべく構えをとった。


 突然の奇襲だと言うのに、咄嗟の判断が早い。

 この切り替えの速さは、さすがは奴隷商だと褒めるべきだろう。


 奴隷商の大半はCランク以上の、一般的に一流と言われる冒険者や元冒険者が殆どだ。

 この世界において、奴隷商は毛嫌いされてはいるが、別に犯罪者と言うわけではない。

 もちろん捕らえているのが人間なら話は別だが、亜人達を捕らえても、そのことで罪に問われることはないのだ。

 そのせいで冒険者が一時的な金目当てで奴隷商として働くこともある。


 俺へしがみつき拘束する男の顔を左手で二度殴ると、男の顔が血まみれになったが、男は俺を拘束する手を離そうとする様子はなく。


 こんなんじゃ、だめか。


 殴るだけでは足りないと判断して、男の腰の短剣を引き抜き。


「――っゔ」


 短剣を引き抜いたと同時に頭に強い衝撃を受けた。

 もう一人の男が剣の柄で俺の頭を殴ってきたのだ。


 頭から血が流れているのを感じつつ。

 もう一度、男が剣の柄で殴ってくる前に、奪った短剣の切先をしがみついてくる男の首元に突き立てて、剣で殴りかかろうとしてくる男を俺は睨んだ。


『――ッチ!』と、男が舌打ちをして、俺のことを睨み返してくる。


 うごくな! と言った方が早いのかもしれないが、此奴らは俺の事を人間とは思っていない。であれば、わざわざ喋って意思を伝えなくとも、短剣を男に突きつければ俺の意図は伝わるはずだ。


 もちろん、人質を見捨てて斬りかかってくる可能性もありはしたが。


「悪りぃ……」


 俺を拘束していた男はそう言うと、俺の拘束を解き。


「仕方ねぇさ」


 殴りかかって来た男もそう言うと、剣を地面に置いて両手を上げた。


 仲間思いで、潔い二人のやりとりには不快感を覚えるが、カナミが安全に逃げられる時間を稼げるこの状況はありがたい。


 倒れた男の剣を奪い取り、短剣と持ち替え、剣を男に押し当てた状態で立ち上がり。もう一人の男を睨みながら、俺は奪った短剣を地面に落として蹴り飛ばし、同じようにしろと伝わるように男へ促した。


「こいつ……」


 恨みがましく男はそう言うと、俺がしたように腰にかかっていた短剣を蹴り捨てる。


 しばらくの膠着状態が続き――――


「おいおい、面倒な状況になってんな」


 少し遅れて残りの奴隷商がやって来た。

 屈強な男に、髪の長いチャラ男――それに少年と言う組み合わせ。


 俺が剣を突き立てる――人質の男が屈強な男に謝罪する。


「すいませんおやっさん」

「気にすんな、遅れたのはこっちのせいだ。それに、そいつも自分の状況がわかってねぇわけじゃなさそうだしな」


 屈強な男は俺の顔を見てニヤリと笑い。

 その様子を見たチャラ男が今後について屈強な男に質問する。


「どうします?」

「今は何もするな、どうせ女を逃すための時間稼ぎさ、じゃなきゃフラウはもう死んでる。それにこいつらの住処はこの上か、女の歩いて来た足跡を探れば見つけられるさ」


 屈強な男がニヤリと、悪どい笑顔を俺へと向けてくる。


 この男が此奴らの――奴隷商の大将なのだろう。

 男から感じる威圧感がそれを証明していた。

 だが同時に今の会話の内容、俺にとってはありがたい。

 もう十分に時間は稼げただろうが、これでカナミの安全は保証されたようなものだ。


 ……これ以上は時間の無駄か。


 無言の状態がさらに十分ほど続き、カナミを逃がしてから十五分は経っただろう。


 捕らえていた男を解放し、俺は剣を地面に突き刺した。


「もういいらしいな。十分か、思った以上にこいつらの住処は近そうだ」


 大将の男はそう言うと、腰から瓶を取り出して、俺の足元に横たわる男へ投げ渡す。


「顔は大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」


 瓶を受け取ると男はその中身を顔に半分かけて、半分を飲み干した。

 男の顔の傷跡がみるみるうちに塞がっていく。

 そして、男は顔の傷が治りきると、鼻を鳴らして立ち上がった。


「――ッ、ッ、ッ」


 俺の顔を二度、三度と、容赦無く殴ってくる。


「殺すなよ。一体でも捕まえられれば後はいつも通りやればいいんだ、死なれたら待った意味も無くなっちまうからな」

「はぁ――すいません、きぃつけます」


 大将の男の指示に従い、男が殴るのをやめた。


 どうやら鼻の骨が折れたようだ。

 鼻から流れ出る血の量がかなり多い。


「よし。女の方はもう捕まえられねぇだろうが、住処は近いはずだ。見つけろ。戦おうとはするなよ。こいつらのタフさは龍人、異種族の中でも怪物って言われてる種族だ。住処さえわかれば、後はこいつを人質にして終わりだ。朝までには拠点に戻って報告しろ」

「「わかりました」」


 最初にいた二人はそう返事を返すと、カナミの足跡を追って山を登って駆け出した。


 まったく……いまだに俺を拘束していないと言うのに、警戒心のない奴らだ。

 それだけ俺が弱そうに見えると言うことなのだろうか?

 まぁ事実弱いので、そのことは否定しないが……。


「アイロお前はそいつを縛れ」

「俺がっすか⁈」

「お前しか縄持ってねぇだろ。安心しろ、そいつに抵抗する意思はねぇよ、なぜだかしらねぇがおとなしく捕まってくれるようだ」

「……了解っす」


 チャラ男は大将に返事を返すと、恐る恐るというようにこちらへと近づき、俺の両腕を縄で縛った。


「本当に何の抵抗もしないって、気味悪いっすね……」

「自分の命よりも女の方が大切なんだろうよ」

「逃がしたって意味ないのに、熱い話っすねぇ」


 チャラ男はそう言うと『はは』と笑い俺を見てくる。


「勝手に言ってろ、それよりもこいつの記録石どうやって捨てさせるかが問題だな」

「どうします? 拷問しちゃいますか?」

「女が捕まらないなら、それが一番無難だろうな。こいつは男であまり強くもない。龍人だからって、これじゃ良い値はつかなそうだ」


 そう言い終えると、大将の男は『はぁ』と、短く面倒そうな息を吐き。

 視線を少年の方へと向けると、怒ったようにその口を開いた。


「カラ! 獲物が逃げたらすぐに追うって教えただろ!」

「ごめんなさい!」


 あぁ……気持ちが悪い。


 全身に虫唾が走る。


 この男が少年に向けるこの視線は、父親が子供に向ける目だ。


 本当に気持ちが悪い――吐き気がする。


「まぁまぁ、初めての狩なんですから怒らなくたっていいじゃないですか、俺の時に比べたら、坊主も十分動けてましたって。俺の時なんか、ビビって獲物に逃げられちまいましたから、それに比べたら一体捕まえられただけ上々すよ」

「あんときはお前を本気で殺そうと思ったよ」


 ヘラヘラと笑うチャラをに大将の男はそう言うと、子供からチャラ男へと視線を移した。


「ハハハ、またまたご冗談を〜」

「…………」

「冗談すよね……?」


 冗談ではなかったようだ。


「昔のことは忘れろ。今のお前は俺の左腕としてよくやってくれてる。その証拠に大金出してやってるだろ?」

「そりゃそうっすけど……本気で殺そうと思われてたなんて、流石に凹みますよ」

「…………」

「おやっさん?」


 チャラ男が疑問の表情を浮かべ、大将の男に声をかけた。


「妙だな……」


 大将の男はそう言うと、俺へと視線を向けてくる。


「何が妙なんですか?」

「気づかねぇか? こいつさっきから俺らの話を聞いてやがんだよ」


 俺の目を睨みながら大将の男はそう言うと、確信を持って聞いてくる。


「てめぇ、俺らの言葉がわかるな?」

「ああ、わかるさ。それがどうしたよ?」


 俺の回答に大将の男が顔を歪めた。


「何でこいつが俺らの言葉を⁈」


 チャラ男が驚き、少年も同様に驚いていたが。


「龍人の男にしちゃあ、弱ぇと思ったが、てめぇ人間だな?」


 大将の男は自分の考えに確信があるようで。


「そうだよ。残念だったなせっかく捕まえたのに人間で」

「――ッチ」


 俺の言葉に大将の男は苛立ちの表情を浮かべていた。


「まじかよ……それじゃあさっきの女も……?」

「いや、あっちの女は龍人だ。あの歳の女があんな動きできるわけがねぇからな。こいつだけが人間なんだよ」


 チャラ男に大将男はそう言うと、面倒そうに息を吐く。


「まあいいさ、人間なら人間で言葉が通じるだけ話が早ぇ。お前の持ってる記録石を放棄しろ。拷問は嫌だろう?」

「――っぷ、はははは」


 大将男の言葉についつい笑ってしまった。


 記録石を捨てれば強制奴隷になってしまうと言うのに、無抵抗に捨てる訳がない。

 馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。


「――ッチ。ここじゃ埒が明かねぇ、一旦戻るぞ。アイロ、そいつはお前が連れて来い。そいつには聞くことが山ほどある。抵抗するなら骨の二、三本折ってわからせろ、どうせ商品としちゃそれは売れねぇ」

「了解っす」


 不満気な大将男にチャラ男は元気よく返事を返すと、俺のことを拘束した縄を引っ張りながら、大将男先導の元山を下り始めた。



●○●○●○



 雪山を急いで駆け上る一人の少女の姿がそこにはあった。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 こんなに必死になって走ったのはいつぶりだろうか。


 そう少女は――カナミは考え、その答えが自分の中には無いことにすぐに気がついた。

 カナミは十五年という人生の中で、今初めて全力で走っているのだ。


「――っあ!」


 足元を見ていなかったせいで、沈み込んだ雪に足を取られて転けてしまう。

 変な感覚だ。

 体調が悪いわけでもないと言うのに、体の感覚が鈍く、まるで自分の体じゃないように思えてしまう。


 急いで立ち上がり、膝を見れば、両膝の皮がめくれ血が滲んでいた。

 痛みは感じないが、異常な寒さを感じる……。

 雪が降る中で眠っている時ですら寒いと思ったことはないというのに……。


 こんな寒さは初めてだった。


 息を整え、いつの間にか無くなっていたポンチョに、着崩れた着物や怪我のことなど気にせず再び全力で走り出す。


 今走る理由はただ一つ。

 いち早くセン様の元へ向かい、現状を説明して、私を助けるために自ら囮となった彼を助けてもらうこと。


 きっと彼はあの場に居たと言う奴隷商には敵わない。

 シュウヤとの試合を見たわけではないし、その実力を知っているわけでもない。

 セン様の弟子になれた異世界人と言うことは、何か特別な力を持っているのかもしれないが……それでも彼は決して強くない。


 以前、私が隠れてたのを見つけた時のように、彼は奴隷商の気配にも気づいたのだろうが、人気(ひとけ)に細心の注意を払っていた私ですら、逃げ出した時に感じた気配は一人だけ。

 それは残りの四人が、それなりのスキルか技術を保有しているということで……。

 そんな相手に敵う実力が彼に無いのは明らかだった。


 ――急がなければ、早くセン様の元へ行かなければ、彼が――カズが手遅れになってしまう。



「なんだい? 転けちまったのかい、そそっかしい子だねぇ」

「――たす、けてください」


 セン様の屋敷へ到着すると、まるで私が来るのを予期していたかのように、屋敷の縁側に座るセン様の姿があり。私は事情を説明するよりも先に、セン様に助けを求める事にした。


「治してやるから、さっさとこっちに来な」

「ちが、彼を……彼を、助けて!」


 無我夢中で走ったせいか、頭も舌も回らない。

 だが、助けてほしいと、その事情だけは必死に伝えようとセン様の顔を見つめ。


「セン様、聞いてください。奴隷商が来て、あの人が、カズが囮になって」


 私がそこまで言葉を伝えた瞬間に、全身に寒気が――悪寒が走った。


「――聞き分けのない子だねぇ」


 そしてセン様が声を発した。


「カナデの妹なのに、こうも出来が悪いのかい」


 セン様のその言葉に悪意は感じられない。


「言葉の意味がわからないわけじゃないのなら、さっさとこっちに来な」


 だがその言葉には一切の感情はなく。

 今まで感じていた悪寒が、えも言えぬ恐怖に塗りつぶされ、同時にセン様の表情が、まるで面倒だと言いたげに歪み。


 私は本能で理解した。


 この状況をセン様は理解している。

 確信はないがまず間違いない。


「……なんで?」


 恐怖で声を震わしながら、私は聞いた。


「何がだい?」


 セン様を初めて見たわけでは無いというのに、今のセン様はとても恐ろしいものに見え。


「なんで、彼を助けてくれないんですか?」

「逆に聞くが、なぜあれを助ける必要があるんだい? あれが助けてくれとでも言ったのかい?」


 冷淡な声で、セン様はそう言い切った。


「…………」


 何も言い返す言葉が見つからない。

 私が、今何を言ったところで、セン様がカズを助けに行くことは無い。


 なんのために私は必死になって走ったのだろうか――

 自身の無力さが涙となって、頬を伝って地面へ落ちる。


 ――戻らなければならない。

 そうしなければ彼は死んでしまう。


 そう思い、登って来た道を振り返った。


 私はもうこの人に二度と助けを求めない。

 お姉ちゃんはこの人を尊敬しているけど、私は二度とこの人にそんな想いを抱くことはないだろう。と、私は心の中で思い、カズの元へ戻るため一歩踏み出し――


「全く、人の話を聞かない子だねぇ」

「え……?」


 私の視界は突然暗闇に包まれた。


 痛みは一切ない。あるのはふわふわとした浮遊感のみ。


 自分の体に何が起きているのかわからない。

 わからなかったが……。

 それでも、今の私にもわかることが一つだけあった。


 それは私にはカズを助けにいくことが出来ないということ……。


 結局……私は彼を囮にして一人醜く逃げたのだと。

 その事実だけは、今の私にも理解できた……。


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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