【禍福の時】01
『災暦1496年2月29日』
「こんばんは――」
深夜いつものように走っていると。
岩にもたれながら、まるで俺がくるのを待っていたかのように、手を振り挨拶をしてくる人物がいた。
その人物は真っ白なフード付きのポンチョを着た少女のようで、俺はその少女のことを横目に見ながら――
「っちょ、無視しないでよ!」
無視して走り過ぎることにした。
「まって、ちょっとでいいから、本当にちょっと待ってよ!」
走りながら後ろを振り向けば、少女は慌てながら、小走りに追いかけてくる。
「お願い――本当に待って!」
まったく……。
真っ白なポンチョを着た少女は、俺としてはもうお馴染みのカナミだ。
このまま無視して走り続けても個人的には構わないのだが……躓かれ、怪我でもしたら流石に困るのでその場に立ち止まり、カナミが駆け寄ってくるのを待つことにする。
「前も言ったけど、山の上まではくるなよ」
「え〜なんで〜?」
「前と同じことをまた言わせたいのか?」
「…………?」
どうやらカナミは先日言ったことを本当に忘れているようだ。
いや、もとより俺の話を聞いてなかったのかもしれない。
「もう来るなとは言わないよ。正直俺もまともに話す相手がいて有り難いし。だけど――」
話の途中でカナミは俺の後ろに回り込み、俺の肩へと手を伸ばすと。
「疲れたからって、毎回里まで背負わされると、時間的に俺が困るんだよ!」
特に悪びれる様子もなく、問答無用で俺の背中へと飛び乗って来た。
「おぶってくれないの?」
「乗った後にそれを聞くのか?」
これ以上言ったところで、俺が里まで送ることに変わりはない。
なのでこれ以上何かを言う必要もないのだが――
「お前って本当に自由だよな」
言わずにはいられなかった。
「私のどこが自由なの⁈」
「こんな状況で、そんな反応をするところがだよ」
本当に自由な少女だ。
別に嫌いではない。
だが、カナミと話をしていると、旅立つ前の幸せだった日々を思い出して……何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。
両腕でカナミの足を支えつつ、里に向かって走り始める。
「そうだ! 私あなたに言わないといけないことがあるの!」
「耳元で大きな声出すなよ……」
突然の大声のせいで耳鳴りがする。
「っあ、ごめん」
「――で、何だよ、言わなきゃいけないことって?」
「えっとね。誕生日おめでとう!」
「ああ……」
そうか、今日は俺の誕生日か……。
俺は誕生日をあまり祝われたことがない。
それはこちらの世界でと言う話ではなく、もともと祝われたこと自体が少ないのだ。
俺の誕生日は二月二十九日――元の世界で言うところの閏日。
この世界の暦は元の世界と似通っているが少し違い、一年が三百六十日で、全ての月が三十日と、四季は同じだが少しだけ違っている。
「前に祝わなくていいって言わなかったか?」
「聞いたような気がするけど聞いてません」
「本当自由だな……」
俺の言葉にカナミは『あはは』と笑い。
「そう。それと謝らなきゃいけないんだけど、実は贈り物がまだ用意できてないの……明後日までには出来るんだけど、遅れてごめんね」
「お前なぁ……」
贈り物も何も祝わなくていいと言っているのに、まるで言葉が通じていない。
と言うか、出来てないということは、カナミの贈り物は手作りの物だと言うことだ。
そういった贈り物は壊しそうで、正直受け取りたくはないのだが……。
「どうかした?」
「いや、何でもないよ」
「そう?」
「ああ」
せっかくの気遣いを無碍にするわけにもいかないだろう。
「――っあ、そうだ!」
再びのカナミの大声に、俺の耳は持って逝かれた。
ころころとテンションが変わって、元気なやつだ。
「どうしたんだよ次から次に……」
「いや〜アビくんがさ、貴方のことで変な文句を言ってるから気になっちゃって」
「変な文句?」
耳鳴りが続く耳を横に振りながら、とりあえずその文句とやらを聞いてみる。
「うん。こっちが先生に扱かれてる間ずっと爆睡しやがって、修行する気はねぇのかよ。だって、なんかアビくんが何をやっても起きなかったらしいけど、本当にお昼はずっと寝てるの?」
「まあ、寝てるな……」
先日甦り目覚めた時に部屋が荒れ散らかっていたことがあったが、あれはアビの仕業だったか。
「何かの病気なの?」
「病気っていうか……体質だな」
先生から能力については口止めされているため本当のことは言えないが、この程度なら問題はないだろう。
「その体質のこと私からアビくんに伝えてあげよっか?」
「――やめてくれ。お前と会ってることがバレる方が困る」
「そう言えば、アビくんから関わるなって脅されてたね。確かにあの時のアビくんの脅しは本気だぞって感じがしてた」
「感じじゃなくて、あれは本気の殺気だったよ」
あの日以降、アビが俺にカナミのことで何か言って来たことはない。
だから時々カナミと会っていることをアビは気づいていないのだろうが、この調子では気づかれるのも時間の問題だ。
「え〜そうなのかな? アビくんああ見えて根は本当に弱くて、お姉ちゃんがいないと何も出来ない可愛い子なんだよ」
あいつのどこが可愛い子だよ……。
「お前、そんなこと言ってると絶対いつか痛い目に遭うぞ?」
「かもね。でも本当のことだから仕方ない」
カナミはそういうと、満足げにくすくす笑い『はぁー』と、満足気に息を吐くと、両腕を俺の首に回してきた。
「ねぇ、何で貴方はセン様の弟子になったの?」
「前も言っただろ? 強くなるためだよ」
「それは聞いたけど、聞きたいのは強くなりたい理由の方だよ〜」
「強くなる必要があるからだよ」
強くなりたい理由について、俺の身勝手な思いをカナミに言う気は無い。
「……そっか」
強くなりたい理由について、カナミは俺の様子を察してかそれ以上聞いてはこなかった。
少しの沈黙が続く……。
「今日はここまででいいよ」
突然、カナミが里までの中間地点でそんな事を言ってきた。
「突然どうしたんだよ?」
「今日も門限があるんでしょ?」
「それはあるけど、お前をこんなところで放っておく方がダメだろ」
「なんで?」
「こんな時間に子供一人で十㎞以上の道は危ないだろうが」
「ここら辺に魔物は殆ど出ないよ? 出ても気配消せば気づかれないし」
俺が心配しているのは魔物の方じゃないのだが。
「それでもダメだ」
ダメな理由を具体的に言うつもりはない。
「過保護なんだね、アビくんみたい」
「あいつと一緒かよ……」
「一緒一緒、アビくんも過保護だもん。でも送ってもらえるなら私は遠慮なく寝させてもらうから、ついたら起こしてね。おやすみ〜」
「まったく……」
本当に自由なやつだな。
「起きろー」
「ついたの……?」
「着いたよ」
「ありがとぉ〜」
カナミはそう言うと、あくびをしながら俺の背中からぴょんと飛び降り。
「――それじゃあ、次は明後日会いに行くね」
「……わかったよ。でも草原にいろよ。山登ってもお前も無駄に疲れるだけだろ?」
「う〜ん……でも草原のところだと魔物が出ることもあるからな〜」
なんかモヤモヤした言い方だな。
「わかったよ。でも無理してまでこなくていいからな」
「大丈夫大丈夫、アビくんとお姉ちゃんにはバレないように行くから」
そこを心配してる訳じゃないんだけどな。
「はぁ……」
「ため息ばっかり吐いてると、運気がどんどん下がっちゃうよ?」
「誰のせいだよ……」
「自分のせいでしょ?」
まぁ、確かに。
と、一瞬思ってしまった自分の疲労具合を実感しながら。
「そんじゃあ行くよ」
「うん、またね!」
「ああ、またな」
ニコニコと笑いながら手を振ってくるカナミに手を降り返しながら、俺はいつもの日課をこなすため、急いで屋敷に帰ることにした。
●●●●●●
「――ほう。それで今日は帰りが遅くなるって言うのかい?」
「……はい。そうなります」
先生からの視線に目を背けながら、と言うより――土下座をしながら言葉を返す。
今日は三月一日、カナミが来ると言っていた日であり、それは同時に今日の修行が行えなくなる可能性がある日でもあった。
いつもならばカナミは不定期に俺の前に現れるので先生に何も言いはしないのだが、今日は事前に来る事がわかっているので、その旨を先生に伝えたのだ。
土下座をやめて顔を上げてみれば、先生が微笑みながら俺の顔を見つめてくる。
先生のこの微笑みは、何も俺とカナミの密会を煽って笑っているわけではなく、ただ単純に苛ついているのだ。
こう言った微笑みには心覚がある。
カナデもそうだし、フィーもこう言った微笑みを、俺が怒らせた時にはよくしていた。
まさか先生がこのような微笑みをしてくるとは思わなかったが、先生も一応は女性だと言う事なのだろう。
「わかってるね?」
何を? とは聞かずに――
「はい……」
と、言葉を返す。
「ならいいさ、もう行きな」
「はい。行って来ます」
先生の寝室の襖を開けて外へ出て、頭を下げながら襖を閉じる。
俺が帰ったらどうなるか、考えなくても察しがつく。
いつものことなのでもう慣れた……。
帰ったら死ぬ事が確約されたようなものだが、それでも今日の門限もどきは無くなったので数時間は気楽な時間が過ごせそうだ。
「いくか〜」
屋敷の外へ出てみれば、今日も今日とて雪が降っている。
カナミ達龍人は寒さに強いので、あまり気にしなくてもいいのかもしれないが、時刻は午前一時を過ぎているので、こんな時間に一人待たせていると思うと申し訳ないような気持ちになり、少し急ぎ目にカナミが待っているだろう場所へ俺は走り出した。
思えば先生の元に来てから、もう二ヶ月も経ったんだな。
いや、まだ二ヶ月しか経っていないと言うほうが正しいのだろうか?
寝ている時間が長いせいで、日時感覚が曖昧だ。
この二ヶ月で、間違いなく強くなれた実感がある。
それでも、俺はまだ弱い。
圧倒的に弱いのだ……。
「最悪だ……」
屋敷を出てカナミの元へ向かい始めて数十分、山の中腹の木にもたれ、一人ぽつんと立っているカナミの姿が視界に映るのと同時に、自分にしか聞こえない声で、俺はその苛立ちを声に漏らした。
カナミが俺の存在に気づき、笑いながら右手を振ってくる。
その左手を見てみれば、手には赤い――マフラーか、セーターのような編み物を大切そうに抱えていた。
あれが俺への誕生日プレゼントのようだ。
「待たせたか?」
「もしかしたらすっぽかされたかもしれないと思う程度には待たされたよ」
今の言葉は嘘だ。
「…………」
カナミの足元を見れば、山のふもとである草原からの足跡はあるが、雪が降っているというのに、その足跡はまだくっきりと残っている。
それはカナミがここへ着いて、まだそれほど時間は立っていないという証拠だ。
「あはは、冗談だよ。まだ少し前に来たところ。でもちゃんと来てくれて安心したよ」
自分が登って来た足跡を黙って見つめる俺の様子に、嘘がバレたことに気づいてかカナミはそう白状すると、悪戯っ子のように、にっこりと微笑んだ。
「今日は事前に来るって聞いてたからな、すっぽかしたりはしないさ」
気持ちが悪い。
声には出さないが、心の底から反吐が出そうだ。
「……どうかしたの?」
表情に出さないように注意しているつもりだが、俺の様子に違和感を感じて、カナミが顔を覗き込んでくる。
「いや、たいしたことじゃないよ」
カナミに笑いかけながら、俺は嘘をついた。
俺は今日が三月一日だと言うことを、それが何を意味しているのかを、考えてすらいなかった。
「なぁ、それが俺への贈り物か?」
カナミの左手に持つ赤い縫い物を指差しながら聞いてみる。
「うん、そうだよ。アビくんと色違いで、一応お揃いになるように作った手作りマフラー。アビくんが青だから貴方のは赤!」
「そ、そうか……」
色がどうこうと言うよりも、アビとお揃いという発言に対して、本気でツッコミを入れたい――というか、こんな状況でなければ確実にツッコんでいる。
カナミがニヤつく様子を見るに、カナミも俺のツッコミを待っているようだ。
「……あれ、赤は嫌いだった?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ」
何のツッコミも入れてこない俺の様子に、カナミは眉を寄せて首を傾げると、俺の顔を、何を隠しているのか話して欲しそうに見つめてくる。
気取られないように気をつけているつもりだが、この調子ではそれも時間の問題だ。
俺を見つめてくるカナミに微笑みかけながら。
「なぁ、そのマフラー巻いてくれないか?」
「……えっと、え? どうしたの急に……?」
急な頼みにカナミが動揺しているが、この程度なら問題ない。
「どうもしてないけど、なんかおかしいとこでもあるか?」
「うん。なんか変――て言うか、正直ちょっと気持ち悪い……」
「…………」
カナミの言葉に反論できない。
だってそうだ。
流石に今のは自分で言っておいてなんだが、少し気持ちが悪いと思った。
――だが、今は仕方がない。恥を忍んで言うとしよう。
気持ちを切り替え、笑顔を維持したまま、カナミの目を見つめ。
「どうしても巻いて欲しいんだよ。だめか?」
そう俺はカナミに頼み込んだ。
俺からの頼みにカナミは動揺しているようだが。
「わかったよ……」
と、小さな声で、カナミは少し顔を赤くしながら承諾してくれた。
「でもそのままじゃ、届かないから少し屈んで!」
腕を前に突き出したカナミは、指を真下に向けて俺にそう言うとニヤリと笑った。
何か悪巧みでも思いついたようだ。
膝をついて屈み、マフラーを巻きやすいように俺が顎を上げると。
――っ⁉︎
たく、こいつは……。
カナミは両端にマフラーを持った手を、俺の首の後ろに、俺のことを突然抱きしめるように手をかけてきた。
「ふふ〜ん」
勝ち誇った様な鼻息が頬にかかる。
真横にあるカナミの顔を見てみれば、その顔は真っ赤に赤らみ、鼻息だけではなく表情まで勝ち誇ったように、俺の横目を見つめていた。
「私のこと動揺させようとしたでしょ、やり返された感想はどう?」
まったく……そう言う言葉は顔を赤くしないで言ってこそだろうに。
「参ったよ、降参だ――」
両手を頭の位置まで上げて降参を宣言すると、カナミは『ふふ』と満足そうに微笑んだ。
「やっぱり私のことを動揺させようとしてたんだ。なんか変だと思ったよ」
「いつもやられっぱなしだからな、今日ぐらいはやり返したかったんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。いつもは――」
カナミが抱きしめるのをやめて、マフラーを巻こうと動いた瞬間、今度は俺がカナミの体を抱き寄せた。
「――ちょ⁉︎」
急に抱き寄せたカナミは顔を真っ赤にして、混乱してもがこうと動いたが。
俺はそんなカナミの頭と腰を、力ずくで押さえつけ。
身動きが取れないカナミの耳元に軽く口を当て、言わなければいけないことを伝える。
「――少し離れたところからこっちを見てる奴らが五人いる。龍人じゃない、多分人間の奴隷商だ。意味はわかるな?」
今置かれている自分たちの状況を、俺は囁く様にカナミに伝えた。
――そう。俺とカナミは今監視されている。
視線からは殺意や敵意を感じないので、相手は龍人ではない。
こうも気持ちが悪い視線を向けてくる奴らは、奴隷商や盗賊ぐらいなものだ。
先ほどまで踠こうと動いていたカナミが踠くのをやめ、未だ状況がわからないのか、困惑した視線を俺へと向けてきた。
当然だ。
突然抱きしめられたと思ったらこんなことを言われ、すぐに理解できるわけがない。
「カナミ、質問は無しだ。次に俺が『大丈夫』って言ったら問答無用で背中に飛び乗れ」
「ちょっと、待って……どう言うことなの?」
明らかに動揺するカナミの顔に手を添える。
奴隷商から見てカナミの顔は死角になっているはずなので、今ので気づかれてはいないだろうが、そろそろバレそうだ。
「急にごめん。でもこれが俺の気持ちだ」
抱き寄せた手を離し、真剣な表情でカナミの顔を見つめ、声を落とさず喋りかける。
「答えなくていいよ。俺は自分の気持ちを伝えたかっただけだから」
無言のカナミに喋りかけながら、立ち上がり。
首にかけられたマフラーを解けない様にしっかりと巻き直した俺は――
「ふぅ〜」
と、息を整えながら、奴隷商の気配に気を配る。
遠目からでも今の様子で、俺とカナミが恋仲とでも勘違いしてくれているのだろう。こちらを見てくる気配に警戒心は一切感じられない。
問題なのはカナミの方だが――
カナミを見れば俺の事を見つめ、多少動揺はしているようだが、先ほどよりも状況の理解はできたようだ。
笑いながら、安心させるようにカナミに手を差しだして。
「行こうカナミ、大丈夫だから」
「うん――」
次の瞬間、カナミは俺の手を取ると、そのまま背中に飛び乗りしがみつき。
俺は即座に先生の屋敷に向かって全力で走り出した。
――そりゃ気づくよな。
こちらのことを見ていた連中も、自分たちが気づかれていたことに気づき、咄嗟に動き出したようだ……だが、どうやら五人のうちの一人がもたついたようで、今追いかけて来ているのは二人だけ。
事情は知らないが、助かった。
情けないが、流石に毎日この山を走っているとは言っても、人を抱えた状態で、スキルを使用しているだろう奴ら五人からカナミを逃すのは厳しいと思っていた。
「カナミ! 先生の屋敷の場所は知ってるな⁉︎」
「知ってるけど――」
「ならいい! もうすぐお前を下ろす、そうしたらそのまま先生の屋敷まで走れ!」
声を張り上げながら指示を出す。
カナミからの返事はないが、一番近い追っ手からでもある程度の距離を取ることが出来た以上、カナミ一人でも問題なく先生の屋敷へ辿り着けるはずだ。
「カナミ降り――」
降りろ! と言って立ち止まろうとしたが、カナミのしがみつく力が強くなったことに気づき、立ち止まるのをやめて俺は走り続ける事にする。
「何で降りようとしない!」
「あなた囮になるつもりでしょ!」
「――だからなんだ!」
ただ囮になるつもりは無いが、今その説明をしたところでカナミには理解できない。
「お前が捕まるよりよっぽどマシだろ! こんなこと話してる余裕はないんだ、早く降りろ!」
「嫌!」
「――ッ」
高く大きな声が耳に響いた。
このわからずやが!
俺を心配していっていることだと言うことはわかる――わかるが、そうだとしても、自分の価値がわかっていない。
わかっていないにも程がある――
「ガキが――状況を理解しろ! お前らの里に起きた惨劇を知らないわけじゃねぇだろ!」
声を大にして、怒ったような口調で言う。
気は進まない、それでも言うしかない。
「それどころかお前はその場で、母親が奴隷商の――人間共に殺された瞬間を見たんだろうが!」
自分で言っておいて気分が悪い。
カナミの……龍人の里で起きた惨劇。
少し前にカイさんに聞いた話だ。
十一年前、まだ龍人の里が先生の暮らす山にあった頃、何の前触れもなく事件が起きた。
里に奴隷商の一団が、あろうことか里の外で遊んでいた龍人の子供達を人質にして攻め入って来たのだ。
龍人達は奴隷商の指示に従うしかなく、そんな状況を好機と見た奴隷商共は里の女子供と男達を別の場所へ隔離した。
普段ならば先生や、里を守る役目がある神主のカイさんがそんな状況になる前に解決するのだが……その時里に二人は居らず。
人質に取られた子供達を救う手段を龍人達は持っていなかった。
子供達の中には、シュウヤやカラギ、カナデやカナミもいて……。
子供達を守るために龍人の里の人々は、奴隷商の命令に従うしかなかったのだ。
そして彼らの母親や里の女達は、子供達の命を救うため一丸となって決死の作戦を行った。
彼女達は強制的な奴隷契約を弾く力がある記録石を自ら捨て、子供達よりも、里の男達よりも、誰よりも先に奴隷商の奴隷となったのだ。
記録石を持たない者が奴隷になる。
それはこの世界において死ぬことと同義、命令に背けば激痛が、それでも背き続ければ命が燃え尽きてしまう。
そんな状況になったあと行った彼女達の行動は、本当の意味で決死の作戦だった。
龍人達の言語を奴隷商達は理解できない。
だが奴隷商も盗賊とやることは同じ、奴隷になった女達の一部を、奴らは慰み者にした。
そして、その隙をついた龍人の女達は奴隷商へと牙を剥き、子供達を逃しながら奴隷商を襲ったのだ。
奴隷になった者が牙を剥く、それは死ぬと言うことで……。
命を燃やし、奴隷商を殺し、龍人の男達へ子供達を託した女達は――
里の女達は皆死んだ。
里の男達は怒り狂い、残った奴隷商を鏖殺し。
彼らに残ったのは、自身の娘達を、妻を、親を、弄ばれ、踏み躙られ、殺されたと言う――人間への憎悪だけだった。
「――また同じことを繰り返したいのか!」
これ以上言う必要はない、それは自分でもわかっているが。
「里に住んでる人達を、家族をまた死なせたいのか!」
情けない――どうやら俺も感情的になってしまっているようだ。
これではもう二度とカナミは俺と口を聞いてはくれないだろう。
でも、それでいい――
「降りて先生の屋敷まで走れ!」
「…………」
返事は返ってこないが、首筋に暖かい……カナミが泣いているのはわかった。
カナミが俺の背中から降りるため、しがみつく腕の力を緩めたのがわかり。
俺が立ち止まるのと同時に、カナミは俺を見ることも、何かを言うこともなく背中から飛び降り、一目散に山の上へと向かって駆け上がって行った。
「ごめんな……」
小さな声で謝罪する。
思い出したくない記憶を思い出させ、家族や龍人達を踏み躙るようなことを言ってしまった。
悔いてはいない。
もう少し言い方はあったかもしれないが、こうでも言わなければ、心優しい彼女が俺を置いて逃げることはなかった。
わざわざ奴隷商に捕まって、嫌な思いをする必要はない。
だから、これでよかったのだ。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




