【丑三つ時の出会い】04
「――で、またカナミを里に送っててこの時間になったと?」
「はい……」
今、俺は正座して、先生の言葉に頷きを返しながら、腫れ上がった額を押さえていた。
カナミと別れて、急いで屋敷へ戻り庭に行けば、そこには俺が殴るはずだった大岩に背を預け、明るくなっていく空を見上げながら煙管を吸う先生の姿があった。
なんて言い訳しよう……と、俺がそんなことを考える猶予もなく。
先生は音もなく立ち上がると、こちらへと近づき。
狐を作った手を俺の額にポンと当ててきた。
だが、その衝撃はポンと当てたと言うような可愛いものなどではなく、電柱にでも頭をぶつけたかのような衝撃が俺の頭には放たれ。
俺は意識が飛びそうになりながら、なんとか殺される前に事情を伝え。
「本当にすいませんでした……」
――今に至る。
「事情はわかったが――」
「わかってます、俺の気が抜けてました。もう二度とこのようなことがないようにします」
腫れ上がった額を雪の積もる地面へ押し当て冷やしながら、俺が何度目かわからない土下座をしていると、そんな俺を見て先生はやれやれと首を横に振った。
「私が言いたいのはそのことじゃないよ」
土下座をやめて顔を上げると、先生は呆れたような表情で俺を見下しながら。
「毎度思うが、なぜお前は師である私に質問をしない?」
「質問って?」
「今言ってたろ? カナミに技術について教えてもらったと。数日前もそうだ。私に黙って、この世界の歴史についてカイに聞きに行っただろ?」
「はい……」
先生の言葉に俺は頷いた。
先生の言う通り俺は数日前、この世界の歴史について聞くためカイさんの元へ会いに行った。もちろん龍人の里に入る際に色々と手間どいはしたが、それでも無事にカイさんに会うことができ、この世界の歴史を聞いたのだ。
「疑問に思ったことや気になったことがあるのなら私に聞けばいいだろうに、何故お前は一々無駄なことをするんだ?」
「――っえ、聞いていいんですか⁈」
「いいも何も、それが弟子であるお前の特権で、師である私の役目だろうが」
先生が、先生らしいことを言っている……今までこんなことがあっただろうか?
いや、確かに俺は先生に極力質問をしてこなかった。
聞きたいことは色々あったが、下手に質問をして怒らせてはいけないと思い、無闇に質問するのを避けていた。
「それじゃあいくつか聞いてもいいですか?」
「構わないが、今のお前は臭う。汗を流して着替えてから奥座敷に来な」
「わかりました!」
先生が先生らしからぬ、先生らしいことを言ったことにも驚いたが、今は驚きよりも疑問に思っていたことを聞ける事の方が重要で――先生の気が変わらないうちに、俺は急いで風呂場に向かい自分の汗を流すことにした。
汗を流し終えた俺が奥座敷へ向かうと、先生はいつものように煙管を片手に、肘掛けに腕を置いた状態で俺のことを待っていた。
そして――
「今日のところはここまでだ」
と先生が言うまでの約三時間。
俺は気になっていたことや、聞きたかったことを先生に質問した。
先生に話を聞いた中でも大切だと思った話は、やはり技術についての話だ。
技術とは、自分の技術によって、スキルを再現した技のことを指し、先生の意見としてはスキルが技術の再現だと言っていたが、正直その話はどうでもよく。
付け加えていうのなら、魔術を技術で再現したものを、この世界では魔法と言うらしい。
――そして、これは俺が一番驚いた話だが、この世界にあるスキルや魔術は、習得難度は別として、例外なく技術によっての再現が可能だと先生は教えてくれた。
注意点として、スキルや魔術であれば、それによって生まれた衝撃が自身へ及ぼす影響は、神々の恩恵によって基本無いが、技術によって生まれた衝撃は、自分へ直接的な負荷として影響し、時には怪我を負うこともあるという。
その話を聞いて俺は修羅道も技術の一つなのだと思ったが、先生が言うには修羅道は技術とはまた違うものだそうだが、俺の毒や呪毒に対しての耐性は技術の一つだと言っていた。
最後に、人間が技術について知っているかどうかだが。
人間の大半は技術についての知識を持ち得ていないらしい――『らしい』と言うのも、先生自身が人間への興味が無く、昔いた弟子が言うには、Sランク相当の人間の二人に一人程度が知っているそうで、それも数十年前の話なので現在の状況はわからないそうだ。
なぜ技術についての知識を人間が知らないのか、その仮説も説明された。
先ほども言ったがスキルと違い、技術には直接的な負荷がかかる。
それも戦闘中にだ。
人間という生き物は他の亜人達とは違い、肉体がそれほど丈夫というわけではなく、加えて技術として技を習得する前に、スキルとして技を習得してしまうことによって、長い時をかけ、人間達の技術に対しての知識は、スキルへと完全に置き換えられてしまったのだろうと先生は言った。
スキルを習得できない俺としては、先生のその仮説は納得できるものであった。
スキルを使えば能力を飛躍的に向上させることが出来る。
それも同時に六つまで使用でき、使用できるということは強化もできるという事。
スキルが一段階強化されればそれだけでさらに能力は向上され、六つも同時に強化出来るとなれば、技術として習得するよりもよっぽど効率がいいなんて誰が考えてもすぐわかる。
目の前でそれを見てきた俺だからこそ、その成長効率については痛いほど理解できた。
「――もう少ししたらアビが来る。だからお前は蔵に行って本でも読んでおきな」
先生はそういうと、さっさと行きなと言いたげに俺の事を手で追い払う。
「もう岩は殴らなくてもいいんですか?」
「それは夜、アビが帰ってからだよ」
「わかりました」
とりあえず頷きを返しつつ、立ち上がって座敷の襖を開け庭へと視線を向け。
「蔵って、あそこでいいんですよね?」
庭にある真っ黒な、焼杉の蔵を指差しながら確認する。
「ああ、あれだよ。鍵はかけてないから自由に入りな。それと本は執筆者の五十音順だからね」
「……? わかりました」
何か引っ掛かるような言い方だった気もしたが、俺は先生の指示通りに座敷を後にして縁側を歩いて蔵に向かい。
蔵の戸に手をかけて開け、真っ暗な蔵の中へ一歩足を踏み入れると、自動的に青白い鬼火が部屋の中に光を灯した。
「――な⁉︎」
蔵の中の有様に、俺は絶句した。
しばらくの間手入れされていなかったのだろう。
蔵の中は多くの書物が本棚に敷き詰められ、異常にカビ臭く。
「何だよこの荒れよう……」
まるで空き巣にでも入られたかのように、床一面に本が散らばっていた。
『本は執筆者の五十音順』
先生の言葉が頭の中で再生され。
拳を強く握りながら、俺は『……くそぉ』と、唸り声を上げた。
床に落ちている本を一冊手に取り、背表紙を見てみれば『創世記伝 記録者 黒・白』と、記されている。
「五十音順ね……」
『こく・びゃく』と読むのか、それとも『くろ・しろ』と読むのか……。
他の本を見てみても、漢字で書かれたものや、この世界で一般的に使われる文字の本もあり、整頓するにはそれなりの時間がかかりそうだ。
初めから片付けろと言ってくれればいいものを……。
この惨状に俺は絶望感を感じながら、本の整頓をするため一度床に散らばっていた本を一箇所に集めることにする。
蔵の中は先生の暮らす屋敷と同じように、中と外で広さが明らかに違い。
正方形に広いため迷子にはなりようがないが、蔵の中の左右の壁には把手のない扉がそれぞれ十部屋ずつ設けられていた。
「――えっと、バルレッチ。は行……は行」
初めは整理に丸一日が潰れるかとも思ったが、三時間程で床に落ちていた本の片付けを殆ど終えることができた。もちろん未だ本棚には適当に入れられた本がいくつもあるので、整頓にはもうしばらく時間はかかりそうだが……。
本を本棚に入れ、次の本の背表紙を見ていると。
『――バン!』と、蔵の扉が開かれる音が聞こえ。
「出てこーい!」
聞き覚えのある声が、蔵の入り口から聞こえてきた。
この声はアビの声だ。
怒っている様子ではなさそうだが、少し苛立っている声をしている。
もしかしたら深夜にカナミと会ったことがバレた可能性を考えつつ、俺は蔵の入り口へと向かった。
「何ですか先輩?」
蔵の入り口に仁王立ちしていたアビに返事を返す。
「お前本当に片付けなんかしてたのかよ。それじゃあ弟子ってか、ただの雑用じゃねぇか」
ごもっとも……だが余計なお世話だ。
「いびりに来たんですか?」
「ちげーよ。昼飯の時間だから呼びに来てやったんだ」
「昼飯って……」
ああ、アビは俺が飯を食わないって知らないのか。
「俺はいらな」
「――あ?」
「いただきます……」
断ろうとした瞬間、なぜかとてつもない眼光で睨まれてしまった。
「それじゃぁいくぞ」
そして蔵から出て行くアビに連れられ奥座敷に向かえば、先生はすでに食事を食べ始めていた。
アビが座った横へ座ると茶碗を渡され。
「自分の飯は自分でよそえ」
「あ、ああ……」
渡された茶碗に、少量の米をよそい食事をいただく事にする。
食事は鶏肉料理、おそらくはカナデが作った料理のようだが、カナデの姿は無いので、アビが里から持ってきたのだろう。
気まずい食事だ……。
誰も、何も話さないせいで、元々味覚が弱いのに、今日は味を全く感じない。
「――先生!」
「なんだいいきなり?」
アビがいきなり声を上げると、先生はめんどくさそうに食事を続けながら返事を返した。
「いきなりじゃねぇだろ。さっきも聞いたが、何でこいつに蔵の掃除なんかやらせてるんだ」
「ならお前が掃除するかい?」
「嫌に決まってんだろ! 俺が言いたいのはそう言うことじゃなくて、弟子にしたのならちゃんと技を教えてやれってことだよ。こいつ武器も持ってねぇーじゃねぇか、こんなんで魔物に襲われでもしたら一瞬で死んじまうだろ」
「そうだね。そうなったらこいつは死ぬだろうね」
先生はそう言って一度俺を見ると、再びアビへと視線を戻した。
「だがね、こいつはスキルや魔術を一切習得できない体質だから武器なんてそもそも必要ないのさ」
そう言って不敵な笑みをアビへと向ける。
先生の言葉にアビは動揺してか、その真偽を確かめるように俺の顔を凝視してくるので。
「先生が言う通り。俺は何のスキルも魔術も使えないし、覚えられないよ」
俺がそう答えると、先生は微笑みながら、勝ち誇ったように口を開き。
「言っただろ? こいつに武器なんて持たせるだけ無駄なのさ」
蔑むようにそう言った。
『武器を持たせるだけ無駄』と言う、先生の言葉に納得することはできないが、この場はとりあえず先生に同調しながら頷き。
アビの様子を見れば口を開けて呆然としていた。
「それじゃあ、なにか? 先生、あんたは技量も知識も無い奴を弟子にしたってのか?」
「そうなるね」
先生がアビにそう答えた瞬間、場の空気が重くなったのがわかった。
表現として空気が重くなったわけではない。
少なくとも俺の体感として、この場の空気が重くなったのだ。
「あんたはいつもそうだ」
そう言ったアビの声は震えていて――
「あんたは本当に」
怒りをぶつけようとしたアビの言葉は。
「いいなよその言葉、そっくりそのまま返してやるから」
嘲るような先生の失笑と、その言葉によって止められた。
「――ダン!」
大きな音を立てて長机が叩かれる。
叩いたのはもちろんアビだ。
そしてアビはそのまま立ち上がり、俺のことを一瞥すると額に皺を寄せ。
「クソ!」
吐き捨てるように言いながら、奥座敷から重たい空気と共に出ていった。
流石とでも言うべきか、先生のを見てみれば何食わぬ顔で食事を続けている。
「……あんな言い方して良かったんですか?」
「あのバカから売ってきた喧嘩だ。買うのが師である私の努めってもんだろ?」
普通は人に喧嘩を売るなって教えるのが師の役目だと思うのだが……。
アビには少し同情する。
人それぞれ、誰にだって事情がある。
触れてもいいものといけないもの、アビが触れられたのはおそらく後者のもので、それを言われれば誰だって言い返せはしない。
言い返せると思ったところで、その言葉の終着点は自分自身の否定に他ならず。
自分が言った――言おうとした言葉ほど、自分に刺さる言葉はそうないだろう。
その痛みを俺は痛いほど知っている。
狂うほどに知っている。
「今の話、あいつに俺の力について言えば済む話じゃないんですか?」
「ダメだよ。あいつが自分で知る以外、お前の力についての他言は絶対に許さない」
先生から感じる威圧感で、全身が硬直する。
先ほども空気が重くなり、あの時はアビが威圧を放ったのだろうが、先ほどの威圧感とはレベルが違う。
「さい……ですか……」
俺の返事に満足してか、先生からの威圧感が消えた。
嘘でもいいから、アビに俺の能力を言ってはいけない理由について教えてくれればいいと言うのに……。
俺がどんなにその理由を気になったところで、先生はどうせ教えてはくれないのだろう。
「俺も食べ終えたんで、蔵の片付けの続きしますけど……食器片付けましょうか?」
「そうしてくれ。それと食器の片付けが終わったら、呼びにいくまで蔵にいな、いいね?」
「わかってますよ」
言われなくとも、夜まではあの蔵で待っているつもりだ。
そうでないと後が怖い。
蔵の片付けを終えた後、俺は久々の読書に没頭した。
この世界の人間が使う文字を必死に覚えておいて何だが、やはり母国語で書かれている本というのは、驚くほどに読みやすく。
別に、元の世界に戻りたいとも思わないし、未練はあるが思い入れもないのでどうでもいいが……それでも本を読んでいると、何だか少し、あの世界を懐かしく感じた。
こんな感じでアビがいる日中、俺は目が覚めていれば読書をし、アビがいない深夜に修行をする生活がしばらく続くのだが。
修行といっても黒く頑丈な大岩――と言うより鋼に近い塊を殴り自傷して、日の出と共に先生から殺されるという、何の役に立つのかわからないそんな生活を、ため息混じりに俺は過ごすことになった。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




