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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第一章 三度目の始まり
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【丑三つ時の出会い】03

「はぁ……」


 アビが立ち去ったのを見て俺はため息を吐いた。


 これからまだ修行が残っているというのにどっと疲れた気分だ。

 とは言えシュウヤのように好戦的な奴と言うわけでもなさそうで、最低限の言葉が通じる点においてはまだマシだ。


 別れ際の言葉から察するに、アビとはまた近いうちに会う事になるのだろう。

 同じ先生の弟子なのだから、先生の元で会うことになるのは察するまでもないが、しょっちゅう顔を合わせることになるだろう奴が、好戦的でなくて良かったと、俺は心の底からそう思った。


 アビは俺に対して殺意は持っていたが、それでも敵意は持っていなかった。

 簡単に俺を殺せる彼奴にとって、俺など戦闘する価値すらないのだろう。


「さてと……」


 一分もしないうちにアビの気配が完全に消えたのを確認してから、次の行動に移るために息を整え。


「もう彼奴は行ったから、隠れてないで出てこいよ!」

「――うそぉ⁉︎」


 左後ろにある大岩の影から、短めの悲鳴にも似た少女の声が聞こえてくる。


 アビの気配は完全に消えたが、視線はその限りではない。

 走っていた時から、常に気配と視線を感じていた。

 気配は間違いなくアビのものであったが、俺に視線を向けてきていた者の正体は、大岩の影に隠れる少女のもので間違いなく。


 俺に気づかれたことを知ると、大岩の後ろから真っ白なポンチョを深く頭に被った小柄な少女が慌てたように現れ。俺の方へ――正確には俺の後ろを目指して、逃げるように、走り向かってくる。


 別に少女を逃がしてしまってもいいのだが……一言だけ注意しておいた方がいいだろう。


 走り向かってくる少女を、正面から視界に捉え。

 怪我をさせないよう細心の注意を払いながら――

 俺の右側を顔を、隠しながら過ぎ去ろうとする少女の横腹に手を添え。


「――っえ⁉︎」


 少女の走る方向へと後ろ飛びに跳ねながら、お姫様抱っこをするように抱き抱える。


「ーーっと、痛くなかった?」

「なかった……です」

「それはよかった」


 少女の回答に俺はホッとしつつ。


「――っで、こんな時間に何してるのカナミちゃん?」


 俺を見ていた視線の正体であるカナミに微笑みながら聞き。


 ポンチョで隠しきれていないカナミの顔は、頬を少し引きつらせ固まっていた。

 おおかた何故俺に気付かれたのか分からず、怒られてしまうと思い焦っているのだろう。


「……えっと、自由研究?」


 どんな言い訳をしてくるのかと思ったが、思った以上に幼稚な回答が返っていた。


「へぇ〜、人間の生態調査みたいな?」

「そう! それ!」


 なわけあるか! 

 と、言おうとも思ったが『そうなんだ〜』と笑顔で相槌を打ちつつ。


「――で、なんで俺のこと見てたの?」


 表情を真顔に切り替えて、俺を見ていた理由を聞くことにする。

 すると俺の言葉にカナミは観念したのか『うぅ』と、一度唸り声を上げると。


「興味本位です。ごめんなさい……」


 今度は素直に謝ってきた。


「はい。許します」

「本当に?」

「本当に」


 もとより怒ってはいないので許すも何もないが、この場合はこう言っておいた方が後々都合がよさそうだ。


「それで、なんで今日もこんな時間に里の外にいるの?」

「あはは、なんとなく?」


 昨日よりもカナミから返ってくる返答が、少しはっちゃけたものになった気がする……。


「もしかして、昨日は猫被ってた?」

「ん〜少しだけ? 寝起きだったし」


 確かに寝起きだったが――何だろう……。

 この感覚は懐かしいような、それでいて――


「どうかしたの?」

「いや……」


 そう答えながら、この懐かしい感覚の理由に俺は気がついた。


 カナミは似ているのだ。悪戯っ子で少し破天荒な、フィーの三つ子の兄妹の一人、今もノルアの街にいるはずのエリーと、雰囲気がよく似ているのだ。


「ねぇ、本当にどうしたの? なんか変だよ?」

「あぁ、ごめん。ちょっとね……って言うか、二夜連続で里から抜け出してるけど、里の方は大丈夫なの?」


 昨日先生に、カナミと出会ったことを伝えた時に聞いた話だが。

 里では外出した人が深夜になっても帰らないような場合、里の若い衆が総出で捜索するらしく。里の周辺から、今いるこの場所までくまなく探されるそうだ。


 だと言うのにこんな時間に二夜連続で里の外を出歩いているカナミを、里の連中が探している様子は一切ない。


「――まさか、里ぐるみでいじめが⁉︎」

「いじめられてないよ!」


 俺の閃きをカナミは瞬時に否定した。


「それじゃなんでこんな時間に里の外にいるのさ?」

「ん〜〜……」


 俺からの質問にカナミは困ったように唸り声を上げると、渋い表情で聞いてくる。


「今から言う話誰にも言わない?」

「言わないよ」


 言う相手もいないしな。


 俺の返事を聞いたカナミが、どうしてこんな深夜に騒がれる事なく里の外に出歩いているのかを説明し始める。


「貴方には何でかバレちゃったけど、私って気配を消すのが上手いんだよ。だから、たまに一人で里を抜け出して、気分転換に散歩してるの」

「あれで気配消すのが上手いの?」

「う・ま・い・の‼︎」


 強気で言い返してくる様子を見るに、それなりの自信があったようだ。

 そう考えてみれば、先ほどアビが自分も感覚が鋭いなどと言っていたが、カナミの存在に気づいている様子は無かった。


「それって気配遮断系のスキル?」

「違うよ。これは立派な私の技術」


 お姫様抱っこをされた状態で何故だかふんぞり返るカナミの言葉に、意味がわからず眉に皺を寄せて聞いてみる。


「技術って、スキルのことじゃないの?」

「技術は技術だけど……もしかして知らないの?」

「知らないみたいだな――」


 どうやらスキルと技術は全くの別物のようだ。

 常識的な事だったらしく、俺からの回答を聞いたカナミは口をぽかんと開けて唖然としてしまっていた。


 抱きかかえているカナミの体を下ろし聞いてみる。


「俺にスキルと技術の違いについて教えてくれないかな?」

「私は別にいいけど、里の奴らに関わるなって言われてなかった?」


 確かに、どこかの誰かの先輩に、そのような忠告だか警告をされたような気もするが。


「俺から関わった訳じゃないしこれぐらいなら見逃してくれるだろ」


 カナミの目が点になり……少しして「あはははは」と、突然笑いだす。


「何だよ急に」

「いやいや、ごめんごめん。アビくんが殺気丸出しで脅してたのに、貴方が全く脅しに屈して無かったからちょっと驚いちゃって」


 そう言いながら、カナミは自分のお腹を抑えてさらに笑うと。

『はぁ〜』と、笑い終え息を整えた後に、スキルと技術の違いについて説明してくれた。





「――と言うわけで、スキルやアビリティは神様がくれるもので、技術は自分が努力して習得した技ってわけなんだよ。こんな感じで大体わかった?」

「十分すぎるほどにわかったよ」


 カナミの説明で粗方だが理解できた。


 スキルは神々が与えた恩恵だと先生も言っていたが、それに対して技術はスキルではなく、己の技術でスキルを再現したものを指しているらしい。それで言うのなら俺の扱う修羅道は技術の部類に位置するものなのだろう。


「人間たちって技術のことについて知らないの?」

「たぶん知らないと思う」


 少なくとも、俺がまだ普通の冒険者として活動していた頃、色々教えてくれた人たちからスキルと技術の話など聞いたことはなかった。


 だが間違いなくロットは知っていたのだろう。

 そしてクリスさんも知っていたはずだ。

 魔装は自身の魔力を身に纏う技――今考えれば、あれも一つの技術なのだろう。


「色々教えてくれてありがとな、勉強になった」


 そう俺は言いながらカナミに頭を下げて。


「そんじゃ、里に送るよ」

「え〜」


 俺の言葉にカナミは不満気にそう嘆いた。


「え〜、ってなんだよ……」

「せっかく技術について教えてあげたんだから、私にも何か教えてよ」

「いや別にいいけど……俺は基本無知だぞ?」

「大丈夫。私が聞きたいことは貴方のことだから!」


 まぁ……それならいいか。


「俺のことで言える範囲のことだったら話すよ。でも里に向かいながらな」

「りょうか〜い」


 ……カナミはそう言うと、俺のことをただただ黙って見つめ。

 まるで何かを待っているかのように、昨日と同じ顔を俺へと向けてきた。


「今日もおぶるの?」

「うん。この山登るの久しぶりで疲れたし、運動がてらいいでしょ?」

「はぁ……わかったよ」


 昨日のようにしゃがむと、カナミは一切躊躇することなく飛び乗り抱きついてきた。


 女の子なのだからもう少し警戒心を持つべきだろうに……。


「それじゃ一つ目の質問ですが、貴方は本当に異世界人ですか?」

「YES」

「おぉ! 珍しい答え方知ってるね」


 里に向かって小走りに走り始めるとすぐさま質問が始まった。


 それにしても。


「お前本当に誰だよ……昨日の子とは別人だろ」

「え、なに急に……私ちょっと怖いんだけど」

「それはこっちの台詞だよ!」


 昨日は少し不思議な子だなと思っただけだったが、出会った次の日には化けの皮が剥がれてしまっている。

 猫を被るのなら、最後まで被り続けて欲しいものだ。


「二つ目の質問です」


 質問は続けるのね。


「貴方って、上月山を越えてきたんだよね?」

「そうだよ。まあ、山を越えたってか、ダンジョンの中を通ってきただけだけどな」

「なるほど。それじゃあ三つ目の質問は……そうだなぁ〜」


 慌てて質問せずに、ゆっくりと考えればいいと言うのに……。


「あ、そうだ。貴方って今何歳?」

「二十歳だよ。今月の二十九日で二十一だけど」

「――え⁉︎ 十五、六歳じゃないの?」

「普通に二十歳超えてるよ」


 久々の反応だ。

 この世界で俺の年齢を聞いた人の多くが驚いていた。


 それもそうだろう。

 元々の俺の年齢は二十五歳を優に超え、それこそ俺自身正確な年齢を覚えてはいないが、今の俺の見た目は十七前後。

 この世界に来たばかりの頃はこの見た目に対して、俺自身戸惑ったものだ。


「もしかして貴方って、人間じゃなくて聖人なの?」

「いや、ただの人間だよ」

「そうなんだ……同い年ぐらいなんだと思ってたけど、実はアビくんよりも一つ上だったんだね」


 俺が言えた義理じゃないが、彼奴も見た目だけなら十七歳前後に見えるんだが――アビの事よりも、こんな少女に同い年だと思われていたことの方が、俺的にはショックが大きかった。


「お前……俺と同い年だと思ってたのかよ……」

「え〜だって背は高い方だけど顔は童顔じゃん。勘違いしちゃうよ」


 それに関しては否定しないが……。


「ちなみに君は今何歳なの?」

「今年で十五だけど……なんで?」

「ちょっと気になっただけだよ」


 年齢よりも少しだけ幼く見えるが、龍人だからと言って、極端に見た目と年齢が変わるわけじゃなさそうだ。

 そう考えると先生やカイさんが異常なだけとみるべきか、それとも一定の年齢になると極端に成長が遅くなるのかのどちらかなのだろう。


「いや〜でもそっか。今月末が貴方の誕生日なんだね。なんかお祝いしてあげようか? お祝いしてくれる人いないでしょ?」

「いらないよ。自分の誕生日なんて今更興味もない」

「そっか……」


 しまった。


 せっかく気を使って言ってくれた言葉だと言うのに、何も考えずに言葉を返してしまった。


「ごめん、言い方が悪かった」

「いいよ謝らなくても、私が余計なこと言っちゃっただけだし」


 そう言うとカナミは笑っていたが、顔を見れば少し落ち込んだような表情をしている。


「ねぇ、まだ質問してもいい?」

「ああ、いいよ」


 それでさっきのことは帳消しと言うことにしてもらおう。


「それじゃあ聞くけど、貴方って勇者なの? それとも神様か女神様に召喚されてこっちに来たの?」

「…………」

「あれ、どうしたの?」

「実は俺もなんでこの世界に来たのか知らないんだよ」


 カナミからの質問の答えを俺は持っていなかった。

 元の世界での終わりと、この世界で目覚める前に何か夢を見た気もするが……その記憶を俺は覚えていない。


「それじゃ、気づいたらこっちで目覚めてたってこと?」

「そうなるね」

「それは、結構大変だったね」

「確かに大変だった」


 あちらの世界で死ぬ寸前の、怒り狂った記憶を忘却していた俺が目覚めたのは、蜥蜴型の魔物――バジリスクが数十頭いるダンジョンの一層だった。

 恐怖で気が狂いそうだったが、そんなところをクリスさんに救われ。

 住む場所がない俺を、フィーの両親が宿に住まわせてくれ。

 騎士に憧れた俺をクリスさんの仕える姫様が、教育の場を提供してくれた。


「それでも沢山の人に助けてもらったから、行き詰まることは無かったよ」


 少なくともフィーを失うその時までは、俺は挫けそうになってもすぐに立ち上がることができた。


「その沢山の人って人間?」

「ああ、人間だよ。優しい人たちだ――」

「そっか」

「ああ」


 フィーもみんなも、とても温かい人達で、優しい人ばかりの街だった。

 あの人たちは、今いったいどうしているのだろうか……逃げてしまった俺を今どう思っているのだろうか……。


 いつかはあの場所へ再び帰らなければいけない。

 俺はあの時心配してくれた人達や、フィーとリオの二人の兄妹を無くしたエリー達家族に謝らなければいけない。


 力が欲しい。


 もうあんな後悔をしないために、フィーとの約束を叶えるために。

 どんなことをしてでも俺は――絶対的な力が欲しい。


「なにか、嫌なこと聞いた?」

「いや、そんなことないよ」


 表情に出ていたのだろうか?


 注意しているつもりだが、最近無意識に感情が表情に出てしまうことが多い気がする。


 少しの沈黙が続くと、カナミの髪によって首元がくすぐられ。

 背中に乗るカナミを見れば、俺の背中に顔を埋めていた。


「眠いのか?」

「うん。少しだけ……」


 もうすぐ時刻は午前四時、眠いのも当然か。


「里の近くに着いたら起こすから寝てていいよ」

「寝てる間に変なことしない?」

「しねーよ」

「そっか」


 まったく、なんて少女だ……。

 寝てもいいと言って一分もしないうちに、背中からはもう寝息が聞こえてきた。


 ……それにしてもこの少女は、俺と言う人間に対しての警戒心が無さすぎて心配になる。


 カナミの見た目は中学生ほどの少女で、この世界の洋風チックな見た目と比べると、俺のように少し幼く見えるが、姉のカナデ同様、将来は美人になるだろうことは間違いないほどに可愛らしく。

 そんな少女がこんな深夜に、昨日あったばかりの男の俺に体を預けているなんて、危なっかしく思えてしかたない。


 人間に対しての危機感が他の人たちよりも低いカナミに対して、どうしようもないほどの危うさを感じる。

 もし盗賊や奴隷商に出会ってしまった時、カナミはどうするつもりなのか、相手を確実に――


「はぁ……」


 俺が今こんなことを考えても仕方がない。

 考えるぐらいなら、そんなことにならない世界をつくればいいだけだ。





「着いたぞ、起きろ〜」

「……おはよ?」

「まだ夜だよ……いや待て、今何時だ⁉︎」

「えーっと、日の出まであと二時間ぐらいだから、四時半ぐらいかなぁ〜?」


 やらかした。


 大あくびしながら時刻を教えてくれるカナミの言葉に俺は絶望する。


「どうかしたの?」

「いや、まぁ、すこし……ね」

「結構まずいやつ?」

「かなりまずいやつ」


 今から急いで帰っても、屋敷に着くのは日の出頃。

 それはつまり先生から言われた課題を達成することができないと言う意味であり、俺にとっては命の危機よりまずい状況だ。


 俺の状況を察してか、カナミは自ら背中から降りる。


「ごめんね。なんか迷惑かけたみたいで」

「いや、いいよ。俺も知らなかったこと教えてもらったしな」

「里まで送ってくれてありがとね」

「おう。それともう深夜に里の外に出るなよ、お前が思ってる以上に外は危ないからな」

「は〜い。注意しておきま〜す」


 また抜け出す気だなこいつ……。


 語尾はまだしも『注意しておきます』と言うことは、また外に出ると自分で認めているようなものだ。


「本当に気をつけるんだぞ?」

「はいはい、一度言われればわかるから。それより早く行った方がいいんじゃない?」


 それは確かにその通りだが、もうすでに手遅れだ。

 目を閉じれば先生が俺を殺す姿が容易に想像できる。そもそも今日は日の出とともに殺される予定だったので、普通に殺されればまだマシな方だろう。


「それじゃ俺は行くよ」

「うん。またね」


 こちらに手を振ってきたカナミに手を振り返すと。

 カナミは嬉しそうにニコッと笑い、スキップするように里へ向かって駆け出した。


 本当に何を考えているのかわからない少女だ。


「さて――」


 とりあえず。俺も早く先生の元へ帰らなければ――


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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