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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第一章 三度目の始まり
10/46

【丑三つ時の出会い】02

●●●●●●


 真っ暗な部屋で目を覚ます。


 今いるこの場所は先生の屋敷の一室。

 俺の部屋として自由に使えと言われた四畳半の部屋で、全面を真っ黒な襖で囲い、天井や畳まで真っ黒と言う斬新なデザインをした。

 通称――『霧の間』と称ばれる部屋だ。


「くっら……」


 視界が真っ暗で何も見えない。

 この部屋は襖を全て閉じていると、昼間だろうと夜に霧がかかったように真っ暗なのだ。

 体に掛かっている布団を退かして立ち上がり、枕元に置いてあるはずの武道袴を手探りに見つけて着替えながら、朧げに覚えている昨日の出来事を整理する。


 昨日は不思議な少女と出会った。

 少女はカナデの妹で――名前をカナミと言う。


 カナミを里に送り届けたあと、俺は屋敷に戻り修行をして、その修行の一環で……おそらくは死んだのだろう。


 記憶が曖昧で死ぬ直前の記憶をすぐには思い出す事が出来ない。


「――っう」


 まぶしい……。


 着替え終え廊下側の襖を開けると、廊下から眩しい光が部屋の中へと入ってきた。


 薄目を開けて廊下奥の庭を見ると、庭は月明かりに程よく照らされ。

 廊下の左を見てみれば――そこにはこの眩しさの原因である青白い光を放ちながら、ゆらゆらと一定間隔で並ぶ、鬼火のような灯火が宙に浮かび漂っていた。

 この鬼火はこの屋敷の明かり代わり、夜になると廊下だけではなく屋敷のあちこちで自然に現れるようになっている。


「目覚めたね」

「――ッうわぁ⁉︎」


 鬼火を見ている最中に突然声をかけられ、驚きのあまり声を上げてしまう。


 慌てて声がする方を振り向けば、火がついていない煙管を咥えながら、何食わぬ顔で俺のことを見ている先生の姿がそこにあった。


「気配なく突然現れないでくださいよ、びっくりするじゃないですか」

「世の中ってもんは何もかも突然にやってくるもんだろ?」

「そりゃそうですけど、先生の場合は突然すぎますよ――」


 俺は常人よりも感覚が――能力値で言うのなら敏捷性が高い。

 それはSランクであったロットの気配遮断をも看破できるもので、これはこの世界に来る前の環境によって身についた俺の数少ない誇れる特技の一つなのだが……先生の気配だけは、毎回その姿を現すまで気づくことができない。


 何故気づくことができないのか、それは何も先生が特別だからと言うわけではない。

 俺が先生の気配に気づけない理由、それは単純に俺が気付ける範囲外から、先生が尋常ではない速度で近づき、その姿を表しているからだ。


 普段人の接近に気づけないなんてことがない俺からしてみれば、先生のこの現れかたには、とてもじゃないが慣れる事ができない。


「昨日のことはどこまで覚えてる?」

「昨日ですか?」


 先生の言葉に、先ほど思い出そうとしていた朧げな記憶を再び思い返す。


 昨日は……確か屋敷に戻ってから修羅道を扱う練習中に――


「先生に『私の手に向かって全力で殴りな』って、言われて……全力で殴ったら腕がぐちゃぐちゃになったところで……」


 そこから先の記憶が、まるっきり途絶えてしまっている。


「なんだい。ちゃんと覚えてるじゃないか」


 だが、途中までの俺の記憶に対して先生は何故か満足そうな返答を返してきた。


「あの後、俺ってどうなったんですか?」

「師である私に手を出したんだ、殺したに決まってるだろ?」

「さいですか……」


 この人はこう言う人、ツッコむのも面倒だ……。


 どのみち修羅道を使えば死ぬ。

 だから殺されたからと言ってそれ自体に文句はないが……。

 さすがに殺す理由が理不尽すぎる。


「さてとーー」

 

 先生が何かを考えるように息を吐いた。


 どうしたのだろうか。

 先生が考え事など珍しい。

 

 そんな事を俺が思ていると、先生が思いもしない事を言ってくる。

 

「それならしばらくの間は修羅道の修行をやらなくてよさそうだね」

「――え、何で⁉︎」


 先生の言葉の意図が分からず、俺は困惑して聞き返す。


 修羅道――それはこの甦りを除けば何の(スキル)も持たない俺が、画期的に強くなれる方法であり。その効果は肉体と脳の機能を際限なく使用できるようになるという馬鹿げた力。

 無論この力にはそれ相応の副作用がある――それは使えば確実に使用者は死ぬと言うもので。

 さらに、この力は理性を維持したままの使用が短時間しかできず、理性崩壊後は意識なく暴れ回ってしまうといった欠点があった。


「修羅道の修行をさせたのは、あの状態で一定時間、理性を保てるようにさせるためで、昨日のお前はあの状態で私からの指示にしっかり答えてた。そうだろ?」

「いや、まぁ……それはそうですけど」


 だからどうしたと言う話だ。


「俺はあの状態を三十分しか維持できないんですよ?」


 俺の言葉に先生は『っふ』と小馬鹿にしたように笑う。


「そりゃそうさ、自分の体をお釈迦にすることやってるんだ。あの状態を半時も維持できてる方が異常だって理解しな」

「…………」


 先生の言葉に俺は沈黙するしかなかった。


 里から酒を持って帰った日以降、回数にして六回、俺は修羅道を使用した。

 いや、正確に言えばあれはスキルではないので使用という言葉は合っていないのかもしれないが、それでも意図的にあのような力が扱えるようになったのだから、使用したと言わせてほしい。


 先生の話では、修羅道は前提として理性を失う――理性を捨てるその過程で、肉体と脳の制限をも捨て去る力であり、理性を保ったままでは肉体の制限を完全に外すことは出来ない。


 だが重要なのは肉体ではなく脳の制限の方にある。

 理性が残っている時に、脳の制限が外れることによって得られる恩恵は思考の加速。

 感覚的に言えば、視界に映る世界がまるで止まったように遅くなり、脳と体の動きが直結するのだ。


 何の力もない俺に、修羅道は絶大な力を与えてくれる。

 だからこそ俺はこの力の維持時間を伸ばすため、これからも修羅道を扱う修行を続けるのだと考え、先生もその気なのだと思っていたが……。


 先生にその気は一切ないようだ、その表情がそう語っている。

 そして先生が『やらない』と、言う以上その言葉の頭には『絶対』が、付いていて、俺に反論する権利は一切無い。


「……それじゃ、俺はこれから何をすればいいんですか?」

「修行に決まってるだろ?」


 それはそうではあるのだけれど……今までの修行は修羅道を扱うための前準備のようなものだった。なればこそ、修羅道の特訓をここで一度終えると言うのなら、次に何をすればいいのかを具体的に教えてほしい。


 俺がそんな思いを口にしようとすると、先生が先に口を開き。


「――なに、お前が今日からやることは簡単なことさ。庭に黒の大岩があるだろ? あれを拳で殴るだけでいい。無論、拳が砕けるような強打をね。両手が壊れたら、次は腕に肩――その次は足の順番に全ての四肢が壊れるまで岩を殴りな」


 笑いながら先生は俺にそう言った。


 先生の言葉に何と言葉を返せばいいのだろうか……。


 この人はまた無茶苦茶なことを言っている。

 頭のネジが一本外れているどころか、間違いなく頭のネジが馬鹿になってる。

 だがまぁ、俺に拒否権はないし――


「強くなれるのなら俺は何でもやりますけど、その順番に四肢を壊してくと確実に片足だけ壊せず残りますよ?」

「そのぐらいなら私が様子を見に行く時に壊してやるよ」

「さいですか……」

「やるのは今日から、いつも通り走りには行ってきな。それで日の出までには終わらせること。いいね?」

「はい――」


 相槌を打ちつつ先生の顔を見れば、何故だろう……異論を一切唱えなかったというのに俺のことを睨んでいた。


 何か気に触るようなことを言っただろうか?


「えっと……」

「カズ。これは忠告だが、お前のその鬼才と修羅道のことは誰にも言っちゃいけないよ――面倒なことになるからね」


 先生は最後にそれだけ言うと、俺の視界から突然と消え。

 残ったのは先生の移動でなびく鬼火と、鬼火を眺める俺一人だけ……。


 先生がこういった人だということは、もう十分過ぎるほどもう知っているし、ツッコむだけ時間の無駄だとわかってもいる――それでもだ。

 一言これだけは言わせてほしい。


 拳を握って息を吸い、腹に力を入れて感情を昂らせ。


「このド畜生クソババアー!」


 俺は大きな声でそう叫び。


 いつか先生の顔面に、正々堂々と一撃決めてやる!


 と、心の中で自分に誓った。


「……ふぅ〜」


 先生からの奇襲がなくて安心ししつつ。


「さて、行くか」


 と呟きながら、俺は屋敷の外へと走りに向かった。





「よぉ。こんな時間に走ってると、不審者と間違えられてもおかしくないぜ?」

「あはは……」


 確かにそれは否定しないが――それを言うならお互い様だ。

 投げかけてくる男の言葉に俺はただ苦笑を返す。


 屋敷を出ていつものように走っていると、山を下ったその先から妙な気配と視線を感じ。

 気にせず走り続けた先にいたのがこの男。


「実際に会うのは初めてだが、俺のことは聞いてるだろ?」

「まぁ、そりゃね――」


 この男とは初対面だが、男の素性は明白だった。


 男の見た目は十七前後、短髪をオールバックに整え、首元には手作り感漂う青いマフラーが巻かれ、帯刀した男の服装は――俺と同じ真っ白な武道袴だった。


「アビさんですよね?」


 この男が俺の兄弟子のアビなのだろう。


「敬語はやめろよ好きじゃない」


 首を振りながら男はそう言うと『でも、その通り』と、言葉を続け。


「俺がアビだ。よろしくな――後輩」


 名を名乗りながら、俺に手を差し出してきた。


 この手を取るべきか迷う。

 礼儀としては手を取るべきなのだろうが……この男は間違いなく、俺が手を取った瞬間何かをしようとしている。そういった気配を漂わせていた。


 俺のことを試そうとしているのか、それか俺のことが嫌いなのか……どちらにしても面倒そうだが――


 しかたない……。

 ここは一度兄弟子に肩を揉まれておくとしよう。


「よろしくお願いします、先輩」

「ああ、よろしくな後輩」


 差し出された手を取り言葉を交わす。


 勘が外れたのか、すぐに何かをしてくるつもりはないようだ。

 ……そう思ったのも束の間、俺を握るアビの手の力は段々と強くなり。


「昨日はカナミを里まで送ってくれたそうで、礼を言っとくぜ?」


 そのアビの言葉に敵意は感じられないが、握られる俺の手は、万力にでも締め付けられているかのような力が加えられて骨が軋みだし。


「……当たり前のことをしたつもりだけど。俺、何かしたかな?」


 俺の手を解放する気が無さそうなアビに、俺は理由を聞くことにした。


「別にお前は何もしてねぇよ。今日のこれはただの挨拶だ。ババアの弟子になれたってことは何かあるってことだろ?」


 アビはそう言うと、俺のことを見定めるように一度見て。


「――んで、お前がどんなもんかと思って、今こうして抵抗してくんのを待ってんだけど……お前もしかして呪毒意外に能力ねぇのか?」


 アビが訝しげに聞いてくる。


 もとより呪毒は俺の能力ではないが、アビはどうやらそのことは知らないらしく。


『お前のその鬼才と修羅道のことは誰にも言っちゃいけないよ』


 先生の忠告の理由はこれか……。


 あの忠告はおそらくアビに力の事は話すなと言う意味だったようだ。

 それはつまり先生はアビが今日この場所で俺のことを待っていることに気づいたということで……あの人ならそれが可能なのだろうなと、俺は心の中で苦笑した。


「何か言ったらどうなんだ?」


 何も返答を返さない俺に、アビが苛立ち睨んでくる。


 初めからアビに言うなと忠告してくれればよかったと言うのに、余計なことを考えたせいで変な間が空いて睨まれてしまった。


 ただ、だからと言って何と言葉を返せばいいのか……。


「お前はいったい何なんだ? お前からは威圧感を……強いやつから感じるはずの気配を一切感じられない」

「はは、そりゃそうだろうよ――」


 アビの的を射てる言葉に笑ってしまったが、それならそれでちょうどいい。


「俺は別に強くない。強いて言っても、人より感覚が多少鋭いだけで、それ以外に強みなんてない」


 全て本心からの言葉だ。


 俺の言葉を聞くとアビは俺の手を解放した。


 手が動くか試してみると問題なく動くので、手加減はしてくれていたようだ。


 手の状態を確認しながらアビのことを見てみれば、アビも何やら俺のことを探っているようで――


「何か隠してんな」


 何が怪しかったのだろうか、アビが確信を持って疑いの目を向けてくる。


「言っとくが俺も感覚は鋭い方だ。だからお前が何か隠してるってことはわかる。その感じからするとババアになんか口止めされてんな?」


 そう言うとアビは俺の後ろ、山の上にある先生の屋敷の方へと視線を向けて『ッチ』っと、舌打ちをした。

 目つきが悪いせいで怒っているようにも思えるが、怒っているわけではないようだ。


 アビが山上から再び俺へと視線を戻してくる。


「口止めされてるのはわかった。だけどお前はババアの弟子になるには弱過ぎる。どうせ闘気も魔装も使えねぇんだろ?」

「ああ、使えない」


 頷きながら答える。


 闘気というものは聞いたことがないが、魔装は知っている。

 この世界に来たばかりの頃、俺を救ってくれた騎士のクリスさんが、火装と言う魔装の一種を見せてくれたことがある。


 当時も今も魔装の凄さについて理解しているわけではないが、剣聖と称されていたクリスさんが誇らしげにその力について話してくれた様子からも、魔装がとても強力な力だという事はこの世界に来たばかりの俺でもすぐに理解できた。


「――ったく。そんなんじゃ、近いうちに先生に殺されることになるぞ。あのクソババアがお前にどんな修行つけてんのか知らねぇけどよ。真昼間に爆睡してるようじゃ、そのうちお前は永眠することになるぜ? それも物理的にな」


 あはは……その忠告はありがたいが、実際もう何度も物理的に殺されてるんだよな。


 撲殺や圧死、毒殺で……何度となく殺されたことを思い返す。


「忠告ありがとう、肝に銘じとくよ」

「おう。そうしとけ」


 ――ッ。


 アビの言葉が終わる瞬間、全身に殺気を感じ、殺気を放ったアビを無意識に睨むと。


 いつの間に柄を握ったのだろう……アビは帯刀する刀に触れ。

 ――俺がそれを認識した瞬間には、刀を抜き一歩踏み出した後だった。


 アビの動きを俺は目で追うことは出来たが、体は反応することができず。

 鞘から引き抜かれ、横薙ぎに振り抜かれる刀の勢いが落ちる様子もなく、俺は自分の死を確信した――


 ……だが、断ち切られると思った俺の首は斬り落とされることなく。


 …………。


 アビの刀は俺の首に皮一枚触れた状態のまま、お互いに睨み合う状態で止まっていた。


 どういうつもりなのだろうか、アビの目には殺意が宿っている。

 それも深い殺意だ……それでも俺を殺すつもりまではないらしい。

 いまだに俺が殺されていないのがその証拠だろう。


「これは忠告じゃなくて、警告だ――」


 そう口にしたアビの言葉には力が込められ。


「異世界人ならババアの元にいるのはかまわねぇ。でも、里の奴らや里には今後一切関わるな。お前ならわかるだろ? 俺が本気なのかどうかぐらい」

「ああ、わかるよ。その殺気だけで十分過ぎるほどにな……」


 アビの言葉に返事を返し、降伏するように両手を上げる。


「刀を下ろしてくれよ。お前なら刀なんかなくても簡単に俺のことを殺せるだろ?」


 多くの冒険者や犯罪者を見てきたが、アビはその中でもダントツの強者だ。

 それこそ先生やロット、クリスさんを除けば、一番強いと言い切ってもいいほどに。

 この男の実力は本物だと今の一刀だけで理解した。


「刀を抜く必要が無いなんて知ってるさ。でもよ、人間が人を脅すときは、いつだって相手に刃物を押し当ててるだろ? 俺はお前に合わせて、わざわざ回りくどいやり方してやってんだよ。あと、お前じゃなくて先輩な?」


 言葉遣いは気にしないのに、上下関係は気にするのね……。


「悪かったよ先輩、言われた通りにする。俺も無駄死にはごめんだ」

「……ずいぶん軽い言い方するな?」


 俺の様子にアビは眉を寄せて、何かを考えているようだったが『まあいいさ』と言いながら刀を鞘へ納めて、着崩れた青いマフラーを一巻きすると。


「またな後輩」


 そう言い残して、里のある方へと向かって走り去って行った。


誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

意見大歓迎です。

読んでいただきありがとうございました。

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