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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第一章 三度目の始まり
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【プロローグ】

災暦(さいれき)1495年12月23日』


 全てを失い、逃げ出す様に旅に出たあの日から四ヶ月。


 名も知らない山の凍えるような洞窟で、焚き火を眺めながら無力感に浸っていると。

 低く響く男の声が、焚き火越しに投げかけられる。


「一度眠ったほうがいい、もう何日も寝てないだろ」


 顔を焚き火に向けたまま、視線だけを焚き火の向こうへ向ければ、そこに居るのは二ヶ月前から俺につきまとってくる、自身を探窟家と自称する図体の大きな男。


「あんたには関係ない……」


 探窟家に冷たく言葉を返すと。


『カズ……カズ……カズ……』


 突然聞こえてきたのは、俺の名前を呼ぶ女性の声。

 そして俺はその女性の声に――


 ごめん……ごめん……ごめん……。


 と、肩を振るわせながら、心の中で何度も何度も謝った。


 俺の名前を呼ぶこの声が現実の物では無いことを――この声の主が俺を怨んでいることを俺は知っている。


『カズ……カズ……』


 再び聞こえてくる女性の声に、俺は再び肩を振るわせた。


 俺はこの声が怖い、怖くて怖くて仕方がない。

 なぜならこの声の主人は、俺がこの世で最も愛し、結婚を誓った最愛の女性であり――


 彼女はもう、この世にはいないのだ……。


 何度も彼女の元へ行くために死のうとした。

 だが、結果的に俺は彼女の元に行くことは出来ず、俺は今もこうして無意味に生きている。


「なぁ、俺に話してみねぇか?」

「話すって何をだよ……」


 凍えて、強張り開かない拳を無理やり広げ、手のひらを焚き火へとかざすと。


「お前の抱えてる苦しみをだ」


 探窟家は焚き火を見ながら、俺に向かってそう言った。


「前も言ったがあんたに話すことは何もない」

「なら聞き方を変える。誰を失った?」


 探窟家の言葉に苛立ちを覚え睨みつけ。


「何でそんなことを聞く?」


 誰もが怒っているとわかる声で、俺は探窟家に聞き返す。

 すると、探窟家は俺の視線を正面から受け止めた上で。


「俺も昔大切だった、亡くしちゃならなかった奴を失った。だから今のお前を見てるとほっとけねぇんだ」


 真剣な眼差しで、そう言葉を返してきた。


 …………。


 探窟家の言葉が嘘じゃないと言うのは目を見ればわかる。

 旅の間に多くの人を見た。

 だからクズや嘘つきの目がどんな物なのかを俺は知っている。


 目的もなく旅をする俺に食糧と称して毒を盛ってきた名無しの少年。

 人間以外の種族――亜人達を家畜として扱う人々。

 極め付けはあの男……ロット・リンクスとの再会に他ならない。

 今思い返すだけでも、両手足では数えきれないほどのクズ達に出会った。


 ――だが、探窟家のその目はそんな奴らの目とは違い、この世界に来たばかりの俺の命を救ってくれた心優しい聖人の騎士や、過去の記憶を思い出し絶望のどん底に落ちてしまった俺を救ってくれた最愛の女性と同じ、とても真っ直ぐな目をしている。


「お前の過去を知ったからって、確かに俺にはお前のことを救えねぇ。でもよ、一人で考え込むより」

「――黙れ!」


 その言葉の先を聞きたくなく叫ぶ。


 以前にも、似た様なことを言われたことがあった。

 それは最愛の女性が言った言葉。

 俺を絶望から救い出してくれた言葉。

 その言葉にいったいどれほど救われたことか、彼女に抱えていた辛さを話すことで、いったいどれほど気が楽になったのか……。


 ……だと言うのに、俺はそんな彼女を救えなかった。


「俺にこの辛さから逃げていい資格なんてないんだよ!」


 探窟家に対して、洞窟の隅々にまで響き渡る怒号を放つ。


 ――そう、この辛さから逃げていい資格なんて俺にはない。

 あれほど大切で、彼女のためだけに生きようとしたはずだったのにも関わらず、彼女を助けることが出来なかった俺などに逃げる資格なんてあるはずがない。


「お前が自分自身に怒っているのは知ってる。だけどよ、その上で言うが――」


 俺の言葉に探窟家はそう言うと、大きく息を吸い。


「一人で苦しまなきゃいけねぇ決まりなんてこの世界にゃねぇんだよ!」


 大地が震えているのかと錯覚する様な大声が、焚き火の明かりだけが灯るこの空間に響き渡り、その振動は俺の心にまで伝わってきた……。


 彼女にも、同じように怒られた。


『なんで辛いのに無理やり笑って大丈夫なんて嘘つくんですか! 辛いなら辛いって言えばいいじゃないですか! 一人で抱え込んで……いつも、いつもいつも一人で抱え込んで……』


 髪の毛と同じ色の栗色の瞳から涙を流してそう言う彼女に、何度も頬を叩かれ、頭突きを喰らわされ、お互い額から血を流しながら。


『私じゃ、あなたの支えにはなれませんか?』


 そう言われて抱きしめられ、絶望の全てを話したあの日の記憶。


 もう、一生分の涙を流したと思ってたのにな……。


 彼女のことを考え思い出すと、目頭が熱くなって、全てを吐き出したくなってしまう。


「話してみろよ」


 彼女の微笑みを、優しく抱きしめてくれた彼女の温かさを思い出し。


「長くなるぞ……」


 溢れそうになった涙を拭った俺は、震える声でそう言った。


「話す前に言っておくが、俺は異世界人だ」

「そうか」


 異世界人だと聞いてもあまり驚かない探窟家に少しだけ驚きつつ。

 俺は探窟家に自分の過去を話し始めた……。





「――だから、俺は自分の力を知った時にはもう全てを失った後だった」

「…………」


 日を跨ぎ、全ての出来事を探窟家に話し終え。

 聞き疲れたのか、探窟家は無言で消えかける焚き火をしばらくの間眺めた後。


「それなら、尚更お前は眠るべきだ」


 真剣な顔でそう言ってくる。


「あんた俺の話聞いてたよな?」

「ああ……」


 俺の言葉に探窟家は頷く。


「……だから眠るのをやめたと、その力で眠らずに済むようになったのは理解した。だがお前の話を聞いて思ったが、本当にお前の愛する女はお前のことを怨んでるのか?」

「何が言いたいんだ?」


 怒りが込み上げてくる。

 確かに過去のことを話したのは俺自身だ。

 だがそれでも、愛する彼女に対して知ったような口を聞かれるのは苛立たしく、許せないと思えてしまい。


「なぁ、お前は本当に女が恨んでると思うのか? 俺はお前の話を聞いて、どうしてもそうは思えなかった。お前の愛する女は、お前が死んで自分の元へ来ないからって怨むような奴なのか?」

「――違う! 彼女は、フィーはそんなこと思うはずがない……」


 そう、彼女は絶対に俺を怨んだりなどしない。

 そんなことはわかっている。

 だが、眠っている時に出てくる彼女はいつも泣きながら、泣きながら俺を睨んでいる。

 その顔を見ると、どうしても俺のことを怨んでいるように思え、大好きな彼女に怨まれているのだと思うと、胸が締め付けられ息ができなくなり……彼女の元へ行けない自分に、彼女の命を救えなかった自分自身に、どうしようもないほどの怒りを感じ、絶望感に襲われる。


「お前は眠るべきだ。眠って愛する女の顔を正面からちゃんと見るべきだ。それでもし女がお前のことを怨んでるようなら俺はもう何も言わねぇ。だから会ってこい。お前の愛する女に」


 探窟家の言っている言葉の意味がわからないわけじゃない。


 だけど、それでも……。


「辛いことからは逃げてもいい。でもな、好きな女からは逃げんじゃねぇよ」

「…………」


 何も言い返すことが出来ない。

 だってそうだ。探窟家の言う通り俺はただ逃げてるだけ、死んでしまった彼女のことを直視することが出来ないだけなんだ……。


「一回だ……一回だけだ……」

「それでいい。ちゃんと女の目を見てやれ」

「わかってる……」


 わかっては、いるんだよ……。


 小さく体操座りをして両目を閉じる。


 俺は眠気を感じない。

 これはおそらくなんらかの力のおかげだ。

 だが、眠気を感じないからと言って、実際問題眠らなくていいのかと聞かれればおそらく違う。

 眠気を感じない代わりに疲れが蓄積していくのだ。

 だから本当は眠らなければいけないのだろう……。

 それでも俺は今まで眠らなかった、彼女の夢を見るのが怖くて、気を失う以外に自分から眠ることを避けていた。


 ……なぜこうも長ったらしく、俺が胸の内で語るのか――それは、語り続けなければいつまで経っても今感じる恐怖から俺は逃れることが出来ず、眠ることが出来ないからだ。

 だから俺は今、心の中で一人語って、眠気を感じない俺が自然に眠るのを、今こうして待ち続けている――――





 真っ白で、それでいて何もない空間。

 そんな空間に一人佇んでいる彼女の姿。

 無事眠ることが出来たようだ。


 自分の意思で眠るのは本当に久しぶりだ。

 彼女の姿はあの日、魔物の奇襲にあった日から何も変わっていない。

 もしもあの日、彼女を先に逃したりせず共に戦っていれば……。

 後悔したところで仕方がない……。

 だが、もしもあの日、もっと早く魔物を倒せていれば――怪我などせず、彼女のことを直ぐに探しに行くことさえできれば彼女を救えたはずなのに……。


『――パシン!』


 突然頬に痛みが走る。

 ――いや、正確に言えば夢であるため肉体的な痛みは感じない。

 それでも痛いと感じるのは、最愛の女性である彼女が俺の頬を叩いたからだ。

 だからこそ痛い――痛くて辛い……。


『――パシン!』


 再び叩かれる。


 彼女の顔を見なければいけないことはわかっているというのに、それでも怖くて見ることができない。

 もしも、今彼女の顔を見て、その目に怒りや怨みの感情が宿っていたら、きっと俺はもう二度と立ち直ることなんて出来ない……。

 初めから立ち直る気があるのかすら正直なところ自分でもわからないが、ただ彼女のそんな顔を俺は見たくないのだ。


『好きな女からは逃げんじゃねぇよ』


 唐突に頭の中に響いてくる探窟家の言葉。


 あぁ、俺は今逃げてるんだろうな……。


 頭の中では理解している。

 俺は彼女の顔を見ることを避けているんだ。

 彼女に怨まれているかもしれないと、嫌われているかもしれないと、そのことを受け入れることから必死に逃げている。


 恐怖で全身が震えてくる。

 愛する彼女の顔を見る。ただそれだけの行為が、俺にとっては死ぬことよりよっぽど怖い。

 死なら何度となく経験した、もう両手では数えられないほど俺は死んだ。


 俺は不死――正しく言えば死んでも甦る。

 きっとこの力が異世界に来た俺に与えられた力なのだろうが、この力のせいで俺は彼女の元へ行くことが出来なかった。


『――パシン!』

『ちゃんと女の目をみてやれ』


 彼女からの三度目のビンタと共に聞こえてくる探窟家の言葉。


 簡単に言ってくれる。

 今彼女が目の前にいること自体がどれほど怖いか、探窟家にわかるわけがない。

 …………。


 静寂が続く。

 彼女からの頬へのビンタが止んだ。

 いつもそうだ。

 彼女は三回俺の頬を叩くと、それ以上は何もしてこずただ目の前に佇むだけ。


 覚悟を決めなければいけない。

 いつも俺はここで恐怖のあまり逃げ出してしまう。

 彼女の顔を見れずに、いつも――いつも逃げてしまう。

 見なければいけない。

 彼女のことを見なければいけない。

 彼女が怨んでいるのなら受け入れなければいけない。

 彼女がどう思っていようと俺は――


 彼女のことが大好きなのだ。


 覚悟を決めて彼女の顔を見る。

 そして、その表情を見てすぐに――


「あぁ……なんて、なんて俺は馬鹿なんだ……」


 自分の愚かさを痛感した。


 彼女は自分の下唇を強く噛み締めながら泣いていた。


「なんで俺はもっと早く……」


 だが、彼女のその瞳に怒りや怨みの感情なんて微塵もなく、そこにあったものは――


「フィー!」


 目の前の彼女を――フィーを力強く抱きしめる。


 フィーはただ俺を、心配してくれていただけだった。

 わかっていたはずなのに、知っていたはずなのに、何で俺はフィーが怨んでると思ってしまったんだろう。

 何で顔を見てあげようとしなかったんだろう……。


 フィーが強く抱きしめ返してくる。


 今、目の前にいるフィーは俺が作り出した虚像なのかもしれない。

 ――それでもだ。

 なぜ俺はフィーを心配させて、涙を流させて……何で自分が悲劇の主人公にでもなった気でいるんだ……。

 一番辛いのは俺なんかより、フィーの方に決まってるじゃないか――


 抱きしめているフィーの顔を見つめると、フィーは俺に笑顔を向けてくれた。

 泣いたらダメだって、辛いのはフィーの方だってわかっている。

 それでも涙が止まらない。

 溢れてくる涙が、どうしても止まらない。


 俺はいったい何度彼女に救われれば、教えられれば学ぶんだろう。


「フィー」


 俺がフィーに言う言葉はごめんなんて謝罪の言葉じゃない。

 俺が言うべき言葉は――


「愛してる。いつも側にいてくれてありがとう。見守って、支えてくれてありがとう」


 感謝の言葉しかないじゃないか――


 フィーが口付けをしてくる。


「フィー、結婚……本当は六日後だったけど、今からじゃダメかな?」


 俺の言葉に少し驚いてしまったのか、フィーは涙を流しながらぽかんと口を開けて固まってしまう。


「一生フィーのことを愛し続ける。だから――」


 これはただのわがままだけど、俺はフィーに――


「俺のことを見守ってて、俺頑張るから、フィーとしたあの約束を、夢を絶対に叶えてみせるから、必ず成し遂げて見せるから、だからその時は、また笑って俺のことを抱きしめて……頑張ったねって言って欲しい」


 俺がそこまで言うと、フィーは先ほどより強く、力強く抱きしめてくれた。


「ありがとう」


 フィーは何も言葉を発しなかったが、それでも感じる。

 フィーはこんな俺を受け入れてくれた。

 だからこそもう心配なんてさせるわけにはいかない。


 フィーの体がだんだん光の玉となって消え始めていく。

 こんな現象は初めてだ……。

 だからこそこれが別れなのだと理解した。


「フィー、俺はもう二度と後悔なんてしない。だから待ってて、いつか必ずあの約束を果たして君のところへ行くから、だからそれまで笑顔で俺のことを待ってて――」


 涙でぐしゃぐしゃだったかもしれない。

 それでもその時にできる最大の笑顔を作り、もう心配しないでと気持ちを込めて、フィーへ笑顔を俺が向けると。

 フィーも俺と同じ様に笑顔を作りながら。


「待ってる。大好きだよ――カズ!」


 最後にフィーはそう言うと、この真っ白な空間から消え。

 フィーが消えると共に、この空間が真っ暗闇に呑み込まれた。





「――ウァァァァ!」


 夢から覚めると同時に、喉が張り裂けてしまうと錯覚するほどの大きな声で俺は叫んだ。

 気が狂ってしまったわけではない。

 これは俺への、俺自身へのけじめであり誓いだ。


 俺はもう二度とフィーを悲しませない。

 俺は二度と後悔をしない。


 目的のために、フィーとした約束を叶えるために、俺はこの無限に等しい命を使い切る。

 もう二度とフィーに辛い思いを、悲しい思いをさせたりなどしない。


「いい面になったじゃねぇか」

「――――」


 探窟家がこちらを見ながら、ニコニコと笑いかけてくる。


 俺はこの人に感謝しなければいけない。

 きっとこの人の言葉がなければ、フィーの顔を見ることは出来ず、フィーに辛い思いをさせたままだったはずだ。


「あんたの……名前は?」

「俺の? 探窟家って呼んでくれりゃいいよ。俺もお前の名前は知らんしな」

「そうか……それなら探窟家。あんたに心の底から感謝する。あんたのおかげで救われた」

「感謝するなら俺じゃなくて女の方だろ?」

「いいや、あんただ。あんたがいなきゃ、俺はフィーの――大切な人を悲しませ続けるところだった。だから本当にありがとう――」


 頭を下げて感謝を伝える。


 人に感謝するって事を長い間忘れていた。

 フィーを失う前は毎日のように誰かに感謝していたはずだったのに、そんな些細な事すらも忘れていたなんて……。


 苦笑する。

 悲しいわけじゃない。

 ただ、今までの自分が馬鹿すぎて、バカすぎるあまり笑えてくるのだ。


「お前はこれからどうすんだ?」

「……強くなる。俺は死なないけど、さっき話した通りスキルや魔術を扱う才能がなくて、その習得も出来ないけど、それでも俺は強くなりたい」


 ――そう。俺は不死だが、その代わりこの世界で一番大切とも言えるスキルなどを習得することができない。

 死を経験したときだけ、死因に対しての耐性を得ることができるが、それは誰かを守ることができない力。

 何人もの人からお前には才能がないと、凡人なのだと言われた。


 それでも、約束を叶えるためには強くならなければいけない。

 それも圧倒的な、守りたいと思ったものを全て守れる様な力を手に入れなくてはいけない。


「俺はお前に二つの道を勧められる」


 ――え?


 どうすればそんな力を手に入れられるだろうか……? 

 なんて俺が考えていると、探窟家が俺にそう言ってきた。


「二つの道?」

「ああ、二つの道だ。一つ目は……」


 そして、一つ目を教えてくれようと探窟家は口を開くと『――いいや』と首を横に振る。


「違うな……お前には一つの道しかない……」


 その探窟家の様子は何かを躊躇しているようであった。

 躊躇している様子ではあったが――

 俺はそんな探窟家の様子に笑いながら、自分の意思を伝えることにする。


「何でもいい。きっとあんたの言葉は正しい。だから二つでも、一つでもいいから俺にその道を教えてくれよ」

「ははは――」


 俺の言葉に探窟家は笑い。

 笑いながら言ってくる。


「まったく、本当いい面になりやがって。俺がお前に勧められる道は一つだ。絶対と言えるが数え切れない数を死ぬ。それでも間違いなく強くなれる。お前が望むだけの力が手に入るかはわからねぇ、それでも間違いなく強くなる。この俺がそれを約束する」

「何だってやってやる」


 死ぬなんて怖くない。

 一番怖いのは何も出来ないまま、後悔をしたまま生き続けることだ。

 それ以外の苦しみなんて、もう気が狂うほど知り尽くした。


「それなら来い。お前をその道へ連れてってやる」


 立ち上がりながら差し伸ばされた探窟家の手を、俺は迷わず握り返して立ち上がり、探窟家の進む先へとついていく。

 そして探窟家に連れて行かれたその場所は、大岩に塞がれた、この洞窟――ダンジョンの出入り口の一つだった。

 出入り口と言っても一ヶ月毎にしか開かず。

 今は閉じている状態なので出入り口と呼ぶのは正しくないかもしれないが。


「ここがそうなのか?」

「ああ、ここの先がそうだ。この先の山に龍人の里がある」

「龍人か……」


 龍人とは亜人の一種で、この世界に来たばかりの俺を救ってくれた騎士の師も、龍人だと言っていた。


「里にセンって名前の婆さんがいる。そいつに弟子入りすればいい」

「それ……だけか?」

「ああ、それだけだ。それと里の奴らに殺されそうになったら迷わず自分が異世界人だって伝えろよ、そうすりゃ殺されるこたぁねぇから」


 物騒だなと思いつつ、閉じられた出入り口に触れてから探窟家へと視線を移すと『――ットン』と、強く握った拳が突然俺の胸に押し当てられた。

 探窟家の顔を見ればその顔は力強く笑っていて……。


 ――ああ、そうか。


 その表情で、探窟家の次の言葉を俺は察することが出来た。


「ここで別れだ。きっとお前とはまた会う――俺の勘がそう言ってる。だから強くなれ」

「ああ」

「また会おう」


 探窟家はそう言って笑うと、後ろ手にこちらへと手を振りながら、洞窟のさらにへと進み出した。

 唐突な別れで何か言わなければなどと思ったが。

 何も言う必要はないだろう。


 名残惜しいとは思わなかった。

 もう俺は立ち止まらない。


 フィーとの約束――それは俺を救ってくれた騎士のクリスさんに憧れ、そして過去の記憶を思い出した俺が、過去の自分と同じ目をする少女と出会って決めた夢。

 馬鹿みたいな……それでもフィーが幸せそうな笑顔で『そんな世界が私も見たい』と言って微笑んでくれ『一緒に叶えよう』と誓った夢であり――約束。

 フィーを失い。この世界の実情を知り。一度は捨ててしまった夢だが。

 フィーが望み、叶えることで幸せそうに笑って、褒めてくれるのなら。


 俺はこの約束を何が何でも叶えてみせると、そう心に誓うのだった。


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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