高校三年生編(13)
「花岡、ちょっと待って」
選手控室に入ろうとしたところで、おれは高瀬に呼び止められた。
「どうした、高瀬。勝ったぞ。次は準々決勝だ」
おれは笑みを浮かべながら高瀬にいった。
「うで」
「ん?」
「腕だよ。ちょっと見せて」
高瀬は近づいてくると、おれの道着の袖をめくった。
腕は赤く腫れていた。内出血をしている。
高瀬は持っていたコンビニの袋からロックアイスを取り出すと、袋のままおれの腕に当てた。
「冷やしておかないと」
そっと高瀬の手が、おれの右腕に触れる。
おれは何だか照れくさくなり、口を開いた。
「次は準々決勝だ。あと三回勝てば、優勝だ」
「そうだな」
どこか高瀬は元気がないような気がする。
「なんだよ。どうしたんだよ。今度こそ、インターハイ優勝するぞ」
「ああ。でも、花岡が戦いたかった、隼人はいない」
「そうだな……って、えっ、どういうことだ、それ」
「えっ?」
高瀬が驚いた顔をする。意味が分からない。
「え、じゃねえよ。神崎がいないって、どういうことだよ」
「トーナメント表見ていないの、花岡」
「見てない。どこで神崎と当たるか、事前に知りたくなかったから、見なかった」
「今回、隼人はエントリーしていない」
その後も高瀬は何かをおれに一生懸命話しかけていたが、その声はおれの耳に届いてはいなかった。
神崎はエントリーしていない。
そんなインターハイがあるかよ。
おれの三年間は何だったんだよ。
おれは何のために、ここまでやってきたんだ。
他の連中が、バイトや遊び、学習塾に行っている間も、おれは稽古をし続けてきた。
一年の時に味わった、決勝での敗北という屈辱。
二年の時は、決勝に上がる前に神崎とぶつかり、また負けた。
今度こそ、神崎に勝つ。それだけを思って剣道を続けてきた。
それなのに、どういうことだ。