高校三年生編(12)
今年のインターハイはS高校のある我が県で行われるため、大勢のS高生たちが応援に駆けつけてくれた。
会場は、県大会と同じく県民アリーナ。
今年新しく建て直された県民アリーナは、有名な歌手がライブをやるぐらいに有名な会場となっていた。
インターハイはテレビ中継もされるらしく、中継席なども設けられている。
応援に来てくれたのはS高生だけではない。
出稽古で世話になっているY大学剣道部やS警察署剣道部の人たちも応援に駆けつけてくれた。
いつもは緊張しないおれも、さすがにインターハイは緊張している。
「やあ、花岡くん。どうだい、調子は」
そんな爽やかな挨拶でおれを呼び止めたのは、現代の武蔵こと、高瀬晴彦だった。どうやら、テレビ中継の解説は高瀬兄が務めるようだ。
「期待しているぞ、がんばれよ」
「ありがとうございます」
それ以上の言葉をかわす暇もなく、高瀬兄はテレビのスタッフらしき人に呼ばれ、連れて行かれてしまった。
さすがに優勝しろとは言わないか。愛弟子、神崎もいるんだもんな。
おれはそんなことを思いながら、選手控室へと向かった。
選手控室の壁には、トーナメント表が貼ってあったが、おれはあえてそれを見ないようにした。
神崎とどこで当たるのか。先に知ったところで、なにも変わらない。
去年のように決勝に行く前にぶつかるかもしれないし、一昨年のように決勝であたるかもしれない。
神崎とは、どこで当たっても関係ない。
ただ、勝つだけだ。どこで神崎に当たっても勝ち、おれは優勝する。
トーナメント表に背を向けると、自分の出番まで精神を集中するためにイヤホンを装着して音楽を聞くことにした。
一回戦はシードだった。
他の選手の試合も見ず、おれは控室にいた。
応援団の人達の前にも姿は出さない。
同じS高校剣道部の人たちとも顔を合わさない。
高瀬ともだ。
おれは目の前にある自分の試合だけに集中し、頭の中で何百通りもの動きをシミュレーションしていた。
一回戦が終わったらしく、戦いを終えた選手たちが控室に戻ってくる。
勝った選手は喜びを隠しきれない様子であったし、負けた選手は涙を流していた。
神崎は一回戦を突破しただろうか。
あの男のことだ、難なく突破しているだろう。
おれはそんなことを思いながら、これからはじまる二回戦に向けたウォーミングアップをはじめた。
二回戦の相手は、北海道代表の榎本という選手だった。
榎本は熊のような大男で、縦にも横にも大きかった。
蹲踞の姿勢から立ち上がり、榎本が構えると、飲み込まれそうな雰囲気がある。
「はじめっ」
審判の声で試合がはじまる。
榎本が構えを上段にすると、大きな体がさらに大きくなったように思えた。
おれは中段の正眼に構えて、様子を伺う。
榎本はあの大きな体をどのように使ってくるのだろうか。
しばらくにらみ合いが続いた後、上段の構えから竹刀を振り下ろすようにしながら、榎本が飛び込んできた。
竹刀を横にして、その面打ちを受け流す。
榎本の面打ちは重く、竹刀を持つ手が痺れるほどだった。
おれはその面打ちを受け流した勢いで、横面打ちで返す。
榎本は、横面打ちを下がりながら竹刀で弾くと、再び上段に構え直す。
おれは正眼に構え、榎本が飛び込んでこれないように、剣先で動きを制する。
しばしの膠着。
榎本が前に出てこようとすると、おれが剣先でその進路をふさぐ。
おれが出ようとすれば、榎本は面を叩き込むぞという気配でおれの動きを制する。
二人だけがわかる攻防。
おれと榎本の間では長い時間が経過しているように感じられるが、周りから見ているとおそらく数秒しか経過していないだろう。
一瞬、榎本の目がおれの剣先から逸れた気がした。
来る。
そう察知したおれは、腕を前に伸ばし、突きを放った。
おれの剣先が榎本の喉元に届くと同時に、腕に鋭い衝撃が来た。
ちょうど、防具のない部分に榎本の竹刀が当たっていた。
「突きあり、一本」
審判は、おれの突きを取った。
打たれた腕はしびれていた。
正眼に構えるも、腕に痛みが走る。
それを誤魔化すように、おれは正眼から構えを臍眼へと変える。
《《臍眼》》は字の如く、中段構えで、剣先を相手の《《へそ》》に向ける構えだ。
ただ、ここから竹刀を持ち上げて、榎本の面を狙うことが出来るかどうかは、わからなかった。
幸いにも榎本は、おれの突き打ちを恐れてか、なかなか間合いに入ってくることは出来なかった。
睨み合い。
榎本は焦っている。
しかし、飛び込めば、また突きの餌食になるのではないかと警戒をしている。
おれもその榎本の警戒心の強さを利用して、突きを放つ素振りなどを見せて、榎本を間合いに入らせないようにする。
そのまま、試合時間は終了した。
先に一本を取っていたおれが勝者となり、おれは準々決勝進出を果たした。