高校三年生編(9)
おれは控室に戻る前に、他の試合はどうなっているのか、会場を見回した。
隣のコートでは、鍋島が戦っていた。
一本先取されているようで、苦戦を強いられているようだった。
なんとか挽回しようと、鍋島は攻め続けていたが、時間切れだった。
相手が一本取っているため、鍋島は一回戦で敗退した。
その向こう側にあるコートでは、高瀬の試合が行われている。
どちらも一本が取れていない状態で、試合時間が終了したため、延長戦に入っている。
「高瀬、お前なら勝てるよ」
おれは高瀬のいる試合会場を見つめながら、呟いた。
高瀬の相手が一気に間合いを詰めて、攻め込んできていた。
高瀬はその竹刀を捌きながら、立ちまわっている。
どう見ても、高瀬は押されていた。
だが、ここから強いのが高瀬だということをおれは知っている。
「抜き胴」
おれの独り言だった。
高瀬はおれの独り言が聞こえたかのように、膝を折って態勢を低くすると、相手の胴へ竹刀を打ち込んだ。
「胴あり、一本っ」
審判の声がここまで聞こえてきた。
高瀬は無事に一回戦を突破した。
S高校から県大会に出場したメンバーのうち、二回戦に進出できたのはおれと高瀬だけだった。
「お疲れ様です、先輩」
女子部の新主将となった成田さんが、冷えたタオルを持ってきてくれた。
「どこか怪我したとかは無いですか」
「ああ、おれは大丈夫だったよ」
「良かったです。二回戦も頑張ってくださいね」
「ありがとう」
おれは成田さんにお礼をいうと、冷えたタオルを受け取った。
そういえば、高瀬は怪我をしなかっただろうか。
おれは気になり、高瀬のところへと向かった。
試合を終えた高瀬のところへ行くと、高瀬は女子部員たちに囲まれていた。
「高瀬先輩、感動しました」
「すごいじゃん、高瀬」
女子部員たちは口々に高瀬のことを褒めたたえている。
あとで知ったことだが、S高校の女子剣道部が県大会で一回戦を突破したのはこれが初めてのことだった。
二回戦がはじまる前、おれは誰もいない場所を探して県民アリーナの中を歩き回っていた。新しい建物のため、どこに何があるかが全然わからなかった。
「あれ、花岡じゃないか」
声を掛けられ振り返ると、そこには河上先輩が立っていた。
「どうしたんですか、先輩」
「応援に来たんだよ」
「ありがとうございます」
「いや、お前の応援じゃなくて、高瀬さんの応援に来たんだよ」
「なんですか、それ」
「まだ残っているよな」
「それはおれですか、それとも高瀬ですか」
「え、負けちゃったの?」
おれは一瞬黙った。
それがおれの出来る唯一の抵抗だった。
「いえ、ふたりともこれから二回戦です」
「なんだよ、それ。変な間を作るなよ。負けたかと思っただろ」
「すいません」
おれは笑いながら河上先輩に言う。
河上先輩と話していると、気持ちが楽になった気がした。
「ところで、きょうは佐竹先輩は一緒じゃないんですか」
「来ていないよ。きょうは彼氏とデートだそうだ」
「えー、ショック」
「そんなこと言っていると、高瀬ちゃんに嫌われちゃうぞ」
「なんですか、それ」
「そのままのことだよ」
そんな会話をしていると、男子の二回戦がはじまるという場内アナウンスが聞こえてきた。
「勝って来いよ、花岡」
「もちろんです」
おれはそう言って河上先輩と別れた。




