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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校三年生編
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高校三年生編(8)

 今年の県大会は、県民アリーナで開催された。

 昨年は大規模改修工事が行われて使うことが出来なかったのだが、今年工事が終了したのだ。

 改修後の県民アリーナで行われる大きな大会は、高校選手権がはじめての大会となった。


「何だか緊張するなあ」

 制服姿で応援席に座る木下が言った。

 木下は地区大会で敗北し、県大会への出場権は得られず、剣道部は引退していた。


「お前は関係ないだろ」

 いかにもツッコんでほしそうにしていたため、おれはそれに乗って木下に突っ込みを入れた。

 本当に緊張をしなければならないのは、おれの方なのだが、おれはあまり緊張しないタイプなのか、特にいつもと変わらなかった。


「なあ、高瀬」

 おれの隣に座っている高瀬は、こちらの声が聞こえないぐらい緊張していた。


「おーい、高瀬。さ・お・り・ちゃん」

 急に高瀬は我に返った顔をして、おれの肩にパンチを見舞う。


「下の名前で呼ぶな」

 やっと緊張が解けたのか、いつもの高瀬に戻る。


「緊張しているな、高瀬。いまから緊張しすぎていると、試合前に疲れちゃうぞ」

「うるさいな。しょうがないだろ、県大会なんて初めてなんだから」

「リラックスしておけよ。好きな音楽とか聞いてさ」

「わかった」

 高瀬はそう言うと鞄の中からイヤホンを取り出して、耳に装着した。


 トーナメント表を見ると、おれの一回戦の相手は東京にある大学の附属高校の二年生だった。

 どんな相手だろうと、全力を尽くす。それがおれの戦い方だ。

 おれはゆっくりとストレッチをして、試合がはじまるまでの時間をすごした。


 一回戦は全部で四コートを使い、一斉に行われた。

 おれの試合は高瀬の試合を被ってしまったため、高瀬の試合をおれは見ることは出来なかった。


「お互いに頑張ろうぜ」

 選手控室を出る際に、おれは高瀬に言うと肩をぽんと叩いた。


 一回戦の相手、大学附属高校の二年生である鷹藤たかとう勝利しょうりは、一八〇センチ越えの長身選手だった。

 正直なところ、長身選手との戦いはあまり得意ではなかった。どうしても、間合いが広くなり、相手に剣先が届きにくくなる。

 さらに厄介なことに、鷹藤は腕を伸ばして懐を深くする構え方をしていた。

 このような構え方をされると、こちらは小手は狙いやすいが、胴や面に対する攻撃はし難くなってしまう。

 だからといって、小手を狙えば、相手の思うツボというやつだ。

 小手を狙わせるために懐を深く構え、誘っているのだ。


 面白いじゃないか。

 おれは中段晴眼に構えた。

 いつもの正眼せいがんは相手の喉元に剣先を定めているが、この晴眼せいがんとはちょっと違い、相手の目と目の間に剣先を向けるやり方だ。


 鷹藤は長身であるため、おれの剣先はいつもよりも少し上を向くこととなっていた。

 鷹藤の構えは、中段といった感じだった。

 正眼なのか晴眼なのかはわからない。

 剣先はリズムを取るように、上下していた。


 剣先でリズムを取る選手は少なくはないが、おれは幼少期に祖父からこのリズムを取ることを禁じられていたため、いまだに剣先はじっと相手に向けたままのやり方をしている。


「剣先で相手を制するんだ」

 祖父がよくおれにいっていた言葉だ。

 おれはその言葉に従い、いまでもそれを守っている。


 大きく息を吸い込むと、おれは圧力を掛けるように一歩前に出た。

 この一歩は誘いだ。


 おれの一歩に合わせるかのように、鷹藤も前に出てくる。

 誘いは成功した。

 タイミングは、しっかりと合っていた。

 電光石火。

 おれの竹刀が鷹藤の左小手に吸い込まれるように入った。


「小手あり、一本」

 おれの背後にいるS高校剣道部員たちから、歓声が上がった。


 面越しに見える鷹藤は、苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ていた。


 試合場の中央に戻り、試合が再開する。

 構えは先ほどと同じく、晴眼に構える。

 この構えを明らかに鷹藤は嫌がっている。


 剣先に気を籠めろ。耳元で祖父の声が聞こえた。

 これも幼少期に散々言われてきたことだ。

 気が籠っていない剣先なんぞ、死人の剣だ。

 祖父はそうも言っていた。当時は、祖父が何を言っているのか全然わからなかった。だが、いまは違う。気を籠めることがどれだけ重要なのか、痛いほどわかる。


 正直なところ、鷹藤の剣先には気が籠ってはいなかった。

 だから、鷹藤の剣には、怖さがなかった。


 片手面打ち。

 鷹藤の竹刀がおれの面を目がけて振り下ろされる。

 長身の選手の面打ちは、本当に上から振り下ろされる感じがして、嫌だ。


 おれは鷹藤の竹刀に合わせるように、自分の竹刀をぶつけて軌道を変える。

 そのまま、力の方向を変えて、鷹藤の横面を狙う。

 剣先が面金に当たったが、入りが浅い。

 これは鷹藤が懐を深く構えているせいだった。


 鷹藤はおれの攻めを嫌がり、距離を取ろうとする。

 距離が開けば、身長の高い鷹藤の方が有利になるのは確かだった。


 だからおれは、鷹藤に距離を取らせなかった。

 下がろうとする鷹藤に対して、おれは前に出て攻める。

 小手打ち、面打ちと混ぜながら、鷹藤が崩れるのを待つ。

 防戦一方となった鷹藤は、おれの攻撃を凌ぐことで精いっぱいとなって来ていた。


 その瞬間を待っていた。

 おれの視線の先。鷹藤は上段からの面打ちを狙おうと、顎が上がっていた。


 おれは足を踏ん張った。

 足の裏、ふくらはぎ、腿と力を床から伝達させ、腕をぐいっと前に突き出して、力を剣先に伝える。

 おれの剣先は、正確に鷹藤の顎下を突いていた。


「突きあり、一本っ」

 審判の声が試合場に響いた。

 県大会、一回戦突破。

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