高校三年生編(4)
S高校の控室に戻ると、ちょうど高瀬が試合に行く支度をしているところだった。
緊張しているらしく、顔がこわばっている。
「おい、高瀬。そんなに怖い顔をするなよ。後輩たちがびびっているぞ」
おれはわざと軽口を叩いてみせた。
「花岡……てめえ」
高瀬がおれの左肩にパンチを打ち込んでくる。いつもどおりの重いパンチだった。
「頑張ってこいよ」
「うん……」
多少の緊張が溶けたのか、高瀬は少しだけ笑顔を見せると、試合会場へと向かっていった。
高瀬の相手は、去年の地区大会優勝者だった。
確か県大会でも三位ぐらいになっていたはずだ。
「高瀬先輩、ファイトー」
「大丈夫、高瀬なら勝てるよ」
試合会場のS高校陣営から、女子部員たちの応援が飛ぶ。
最前列は女子部員たちが固まっているため、男子部員たちはその後ろに立つような形で高瀬の応援をしていた。
高瀬は正眼に構えると、じっと相手を見るようにしている。
対する相手の選手はリズムを取るように、竹刀を小刻みに上下させていた。
静と動。まさに、そんな感じの対戦だった。
先に仕掛けたのは、相手の方だった。
相手は、高瀬の小手を狙って飛び込んできたが、高瀬はそれを冷静に竹刀で受け流す。
今度は高瀬が仕掛ける。
受け流した竹刀で返すように胴を狙う。
竹刀の先は相手の胴に当たったが、当たりが浅いため、審判は一本を取らなかった。
そのままの勢いで、今度は小手を狙う。
相手が受ける。
鍔迫り合い。
相手の方が高瀬よりも少し身長が高いせいか、鍔迫り合いでは高瀬の方が不利のように見える。
高瀬はこの程度で潰されるような練習はしてきていない。
それはおれが一番知っていた。
一瞬、高瀬の体が沈んだように見えた。
相手の腕を下からかち上げるようにして、高瀬が相手の腕を弾き飛ばした。
後ろによろけた相手は、両手が上がった状態となり、胴が空く。
そこに高瀬の竹刀が綺麗に入った。
「胴あり、一本」
会場がどよめいていた。
高瀬の相手は、この地区大会の優勝候補だったのだ。
その優勝候補が無名の選手に綺麗な一本を取られた。
「いいぞ、高瀬。気を抜かないで行け」
思わず声を出して応援していた。
高瀬は冷静だった。
最初と同じように、正眼で構えてじっと相手を見据えている。
相手が焦っているのはよくわかった。
焦りは乱れとなる。
よく、祖父が口にしていた言葉だ。
相手が攻め込んできた。
高瀬は冷静にその攻撃を受け流す。
高瀬の守りは固い。それが相手の焦りへと繋がる。
相手が焦れば焦るほど、高瀬の術中にはまっていく。
雑な面打ち。
剣先はぶれ、速さもない。
高瀬がそんなチャンスを見逃すわけがなかった。
「胴あり、一本」
高瀬の抜き胴が綺麗に決まっていた。
試合に勝った高瀬がS高陣営に戻ってくると、部員たちが一斉に高瀬に話しかけた。
「すごいね、高瀬さん」
「先輩、かっこよかったです」
「この勢いで優勝できるよ、高瀬」
女子部員たちは高瀬を囲んで大騒ぎをしている。
おれは遠巻きにその様子を見ながら、三回戦の用意をした。