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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校三年生編

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高校三年生編(1)

「おら、花岡。休むんじゃねえ、動け、動け、動け、動け」

 声を張り上げているのは、Y大学剣道部の伊藤主将である。


 春休みの期間中、おれは河上先輩にお願いをして、Y大学剣道部の選手クラスの練習に混ぜてもらっていた。

 もちろん、選手クラスの練習には簡単に混ぜてはもらえなかった。まずは練習に参加する資格があるか、テストが行われた。

 そのテストというのは、選手クラスの稽古に出ている人間との試合稽古だった。


 Y大学剣道部は団体戦で大学選手権優勝しており、強豪選手が揃っている。

 テストは、その強豪選手たちとの五番勝負だった。

 五人を相手に、何勝できるか。インターハイ出場の高校生の実力がどこまで通用するか。

 おれのテストを見るために、大勢の剣道部員たちが体育館に集まってきていた。

 その中には、河上先輩や平賀さんや岡田さんの姿もあった。

 おれは五人を相手に三勝二敗という戦績を残し、選手クラスの練習に混ぜてもらえることとなった。


 選手クラスの練習は、思っていた以上に厳しかった。

 へとへとになるまで素振りをやったかと思えば、そのまま打ち込み練習に入る。打ち込みが終われば、ひとりで十人を連続で相手にする元立ちの切り返し稽古が行われる。切り返し稽古は、元立ちが一本を取るまでは繰り返し続けられ、きちんと切り返しが出来なければ、半永久的に続けられるという厳しい稽古だった。


「どうした、花岡。お前はその程度か」

 伊藤主将の怒鳴り声に近い大声が聞こえてくる。


 ほぼ無意識で動いていた。

 切り返し稽古、八人目。最初の三人ぐらいまでは順調に一本を返して行けたのだが、五人目を超えた辺りから、急に体が動かなくなった。

 疲労困憊。身体全体に重りが付いているかのように、動きが緩慢になってくる。その辺りから、一本が返せなくなっていき、相手にいいように攻め込まれる場面が多くなって来ていた。


 九人目に対して小手を返したところで、十人目の相手となる伊藤主将がおれの前に立った。

 伊藤いとう憲伸けんしん。Y大学剣道部主将で、大学選手権個人二連覇。

 相手としては申し分なし。だが、いまのおれの体力は限界を超え、立っているのが精いっぱいだった。


 目の前には、正眼に構えた伊藤主将が立っている。隙は一切ない。

 高瀬兄に似た正眼の構え方ではあるが、圧は伊藤主将の方が上だった。

 後ろに下がりたくなるような、強い圧力が掛かってくる。

 その圧に耐えながらも、伊藤主将の打ち込んできた竹刀を捌き、切り返しで面を打ち込む。

 しかし、そう簡単には面を打たせてはくれない。


 剣先がぶつかる。

 一瞬、圧が消える。

 次の瞬間、脳天がしびれた。


 強烈な面が撃ち込まれたのだ。

 おれは膝から崩れ落ちそうになるのを何とか踏ん張って耐えた。

 それだけ強烈な面打ちだった。


「まだまだっ」

 伊藤主将が大声を張り上げて、再び距離を取る。


 今度は上段に構えが変わる。

 切り返し稽古なので、こちらから攻めることは出来ない。


 気合の声は、たぶん出ていたと思う。自分の声は、聞こえていなかった。


 伊藤主将の竹刀が動いた。

 上段から竹刀が面に向けて振り下ろされる。


 それに合わせるように、下から竹刀を持ち上げる。

 竹刀が交錯する。圧が掛かる。

 押しつぶされそうになるのを耐え、その圧を跳ね返す。


 一瞬の隙。

 突き。

 伸びる剣先。

 もう少しで届くということで、竹刀がぶつかり、弾かれる。

 弾かれたことで隙が生じる。


 やばい。

 逆に伊藤主将の竹刀が、おれの喉元に向けて突き出される。


 ギリギリのところで体を捻って剣先をかわし、その体を捻った勢いで、横面を狙う。

 剣先が伊藤主将の面金にぶつかる。入りは浅い。


 面の向こう側で、伊藤主将が笑ったように見えた。

 身体は、限界に近づいて来ていた。

 立っているだけでも、精いっぱい。

 もう、終わりにしたい。

 握っている竹刀が、ひどく重く感じられる。


 伊藤主将の剣先が揺れて見えた。

 来る。

 そこまでは意識はあった。


 目の前がブラックアウトしそうになり、世界が傾いていた。

 がっしりとした腕に体が支えられた。

 顔をあげると、面越しに伊藤主将の顔があった。


「終わりだ。休憩してろ」

 最初、何を言われたのかわからなかった。

 もう、お前なんて、いらない。

 そう言われたのかと思った。


「え?」

「終わりだよ。いい面打ちだった」

「あ、ありがとうございました」

 礼をして、コートから出る。

 それと同時に膝から崩れ落ちるようにして、おれは体育館の端に座り込んだ。

 自分で面を取ることが出来ないぐらいの疲労感に、おれは襲われていた。

 それを見かねたのか、河上先輩が近づいてきて、面を脱がせてくれた。


「よく耐えたな、花岡。ほら、水分補給しておけ」

 河上先輩がペットボトルの飲料水をおれに差し出す。

 ありがとうございます。

 そう言ったつもりだったが、口の中はカラカラで声もまともに出せなかった。


 春休み期間中、毎日Y大学へ通った。

 最初のうちは、稽古が終わった後は体がバラバラになってしまうのではないだろうかというほどの筋肉痛に襲われていた。

 ぎこちない歩き方で大学のキャンパスを後にする日々。

 それでも春休み終了一週間前ぐらいになった頃には、まだ稽古がやり足りないと感じるほどになっていた。


「花岡、お前はバケモノか」

 帰りのバスの中で、河上先輩がおれに向かっていった言葉だった。

 春休みという短い期間ではあったが、Y大学剣道部の稽古に参加させてもらったことで、おれの剣道はさらに進化したはずだ。

 あとは、インターハイを待つだけ。

 今年こそ、神崎を倒して優勝してみせる。

 おれは、そんな意気込みを胸に秘めながら、新学期を迎えるのだった。

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