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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校二年生編
77/98

高校二年生編(50)

翌日の放課後、校内放送でおれは小野先生に職員室へと呼び出された。

「何か悪いことでもしたんじゃないのか」

 クラスメイトたちにからかわれながらおれは職員室へと向かうと、そこには見覚えのある後ろ姿があった。


「やあ、花岡くん」

「え……どうしたんですか」

「花岡、喜べ。あの高瀬晴彦さんが、高瀬のお兄さんだったんだよ。全日本選手権に出場した高瀬晴彦さんだぞ」

 そこにいたのは、間違いなく昨日会ったばかりの高瀬兄だった。


「高瀬さんが、きょうお前たちに稽古をつけてくれるそうだ。すごいな、すごいことだぞ、これは」

 小野先生は興奮した口調で捲くし立てる。


「え、稽古を……するんですか」

「こんな光栄なことはないぞ」

「先生、よしてくださいよ。私はS高校剣道部の皆さんと一緒に稽古することによって、自分の糧にもなると思って、申し出たことなんですから」

「そんな謙遜をさならなくても。花岡、高瀬さんを体育館にご案内しなさい」


 何だかよくわからないが、きょうの剣道部の稽古は高瀬兄がつけてくれることになったようだ。

 体育館に行くと、すでに来ていた部員たちが素振りや準備体操など思い思いのウォーミングアップをはじめていた。


「集合っ」

 おれの掛け声に部員たちが集まってくる。


「本日は、全日本選手権で活躍した高瀬晴彦さんが、特別に稽古をつけてくれることになりました。なんと高瀬晴彦さんは、女子剣道部の高瀬さんのお兄さんでもあります」

 小野先生から伝えられた言葉をそのまま、部員たちに伝える。

 その言葉に部員たちにざわめきが起きていた。中には目を輝かせて、高瀬兄を見つめる部員もいる。

 もしかして、高瀬兄っておれが知らないだけで、すごーく有名な人なのか。

 おれは一抹の不安に駆られながらも、小野先生から伝えられた言葉を続け、部員たちに拍手で高瀬兄を迎えさせた。


 高瀬兄の紹介が終わり、高瀬兄が着替えに行っている間、おれは近くにいた前田に高瀬兄のことを聞いてみた。


「え、花岡……お前、本気で言っているのか」

 前田が驚きを隠せないといった顔でおれにいう。


「全日本選手権、見ていないのか。まさか、高瀬さんのお兄さんだとは知らなかったけれど、高瀬晴彦さんといえば剣道界では超有名な人だぞ」

「そうなの?」

 おれの言葉に前田だけではなく、他の部員たちまでもが、おれを宇宙人でも見るような目で見て来る。


「『月刊剣道』の先月の表紙の人だぞ」

「そうなの?」

「現代の宮本武蔵って言われたりしている人なんだぞ」

「そうなの?」

 みんながおれに罵声に近い言葉を浴びせて来る。そんなこと言われたって、知らないものは知らないのだから仕方がないだろう。剣道雑誌なんて読んだことないし、テレビで剣道の試合も観たことはない。いままでも、ずっと目の前にあったのは、インターハイ優勝という目標だったので、他に興味は何もなかった。

 昨日、高瀬の家で会った高瀬兄。おれにとって高瀬晴彦という人物は、一緒にすき焼きを食べた高瀬のお兄さんなのだ。

 剣道がすごいってみんなは言うけれど、まだこの目で見たわけじゃない。

 過去に全日本選手権で優勝したこともあるっていうけれど、知らないのだから仕方がないだろう。おれは、どこか開き直っていた。


「お待たせしました」

 稽古着に着替えた高瀬晴彦は、まるで別人のように見えた。剣豪。会ったことはないけれど、そんな雰囲気をおれは高瀬兄から感じ取っていた。


「稽古の内容はいつも通りやってもらって大丈夫だから。そこに私も混ぜてもらいます」

 高瀬兄はそう言うと、みんなの中に入って一緒に素振りなどをはじめた。

 打ち込み稽古の時、高瀬兄の凄さをおれは目の当たりにした。 

 竹刀が見えない。そう感じたのだ。普通に面打ちをしているだけのように見えるのだが、振り下ろされる竹刀の姿は見ることが出来なかった。

 これが全日本選手権に出る人のレベルなのか。


「げっ、なんでいるわけ」

 少し遅れてやってきた高瀬の声が、体育館に響き渡る。


「花岡、どういうことだよ、これ」

 体育館の隅に呼ばれたおれは、高瀬に詰め寄られた。


「おれも驚いたよ。小野先生に呼び出された職員室へ行ったら、お兄さんがいたんだ」

「兄貴め、今回帰ってきたのは、最初からこれが目的だったのか」

 部員たちの輪に加わって一緒になって打ち込み練習をしている高瀬兄のことを睨みつけるような眼で高瀬は見ながらいった。

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