高校二年生編(43)
ベンチに戻ると高瀬が待っていた。
おれはタオルで汗を拭きながら、高瀬の隣の席に腰を下ろす。
高瀬は、無言だった。
なんだか様子がおかしい。
「どうかしたのか、高瀬」
おれの問い掛けに、高瀬は何も答えなかった。
なんだよ。どうしたっていうんだよ。
おれは高瀬の顔を覗きこんでみた。
高瀬はぼうっとしていて、おれが顔を覗きこんでいることにも気づかなかった。
「おい、高瀬」
「えっ、な、なに?」
「どうした。具合でも悪いのか。まさか道に落ちているものでも食べたんじゃないだろうな」
おれは肩にパンチを喰らうと思って咄嗟に身構えたが、パンチは飛んでこなかった。
「おいおい、どうしたんだよ」
「なんでもない」
「なんでもないって、どこがだよ。絶対に変じゃん、高瀬」
「ごめん……自分でもよくわからなくて」
「なんだよ。なにかあったのか?」
おれの問い掛けに高瀬は無言で頷くと、少しずつ話し始めた。
「さっき、ロビーで隼人と会ったんだ。次の準決勝、隼人と戦うんでしょ、花岡」
「ああ、そうだな」
「そうだよね。花岡は、隼人に勝てる?」
「馬鹿なこと聞くなよ。勝つに決まっているだろ。そのために、おれはこの一年間を剣道に捧げてきたんだ」
おれは一年前のあの日以来、神崎に勝つことばかりを考えていた。
去年のインターハイ。
優勝を目指した動機は不純なものだったが、今年は違う。
今年は神崎に勝って優勝をする。
おれはそれだけを目標にこの一年間、剣道に精進してきたつもりだ。
高瀬は黙っていた。
そして、意を決したかのような表情になったあと、重い口を開いた。
「さっき、隼人に告白されちゃった」
「えっ?」
「ジュースを買おうと思ってロビーに出たら、隼人に呼び止められてさ。今回のインターハイで優勝したら、付き合ってほしいって……」
「高瀬はなんて答えたんだ?」
「なにも答えられなかった……」
高瀬の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「そうか……」
二人の間を沈黙が流れる。
おれはいままで口には出さなかったことを言おうと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「先にいっておくけれど、おれは神崎に便乗したわけじゃないぞ。神崎がいったから、おれもいうってわけじゃないんだ」
自分で言っていて、何をおれはちまちまと言い訳のようなことを言っているんだと、自分の馬鹿らしさに心の中で苦笑いを浮かべた。
だが、もう言い出したことは止まらない。ここで止めたら何にもならない。だから、おれは言葉を続けた。
「おれがこのインターハイで優勝したら、おれと付き合ってくれ、高瀬」
「花岡……」
高瀬は消え去りそうな声でそういうと、声を押し殺すようにして泣いた。
幸い、周りには誰もいなかった。
「本当は神崎に勝ってからいいたかったんだけどな」
おれはそういうと、まだ使っていないタオルを鞄から取り出して高瀬に渡した。
「涙、拭けよ。そんな泣いた顔でおれたちの試合を見ないでくれよな。高瀬には泣いた顔なんて似合わないからさ」
肩にパンチが飛んできた。
半分泣いて半分笑った高瀬の顔がそこにはあった。
おれはそんな高瀬に送り出されて、準決勝が行われるコートへと向かった。




