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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校二年生編
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高校二年生編(38)

 天高く馬肥ゆる秋。

 言葉の意味は知らないけれども、秋というとこの言葉を思い浮かべてしまうことが多い。


 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。

 秋といえばという言葉は色々あるけれど、おれにはどれも縁もゆかりもない言葉ばかりだった。

 どれかを選べといわれればスポーツの秋を選ぶけれども、一年中剣道の稽古ばかりしているおれにとっては、スポーツは秋だけのものじゃないと声を大にしていいたくなる。


 インターハイまで、あと一週間となっていた。

 もう学校の授業なんかは、頭には入ってこない。授業中でも、昼に購買部で買ったパンや弁当を食べていても、インターハイのことばかり考えている状態だった。


「――んだってさ。どうする、花岡」

「ん?」

 おれは高瀬の声で我に返った。


 また、剣道のことを考えていた。いまおれの頭の中にあるのは剣道のことばかりだ。

 先週終わった県大会。なぜおれは決勝であんなにも苦戦を強いられたのか。

 相手は前田だった。前田とは毎日のように一緒に練習をしてきた仲だ。

 お互いの手の内がわかっていた。

 だけれども、前田とおれの実力差はあったはずだ。


 県大会前までの練習では三本勝負をやっても、前田は一本もおれから取ることは出来なかった。

 そんな前田が県大会決勝ではおれのことを追い込んだ。

 あれはまぐれだったんだろうか。


 前田が急激に強くなった。そんなはずはない。

 あいつとは、前日まで一緒に練習をしていたのだ。

 じゃあ、なんだ。おれが弱くなったのか。

 このままでインターハイで勝てるのか。

 神崎に勝てるのか、とそんなことばかりを考えていた。


「なんだよ、聞いていなかったのかよ。もう一回、わたしに最初から話せっていうの?」

「ごめん」

「まあいいや。きょうの帰りに平賀さんの家に遊びに行こうって、昨日の夜に河上先輩がメールをくれたんだ。いくでしょ、花岡も」

「平賀さんの家?」

「そう。なんでも県大会のときにビデオを撮っていたから見に来いって。河上先輩によると、平賀さんの家って金持ちらしいよ」

「県大会のビデオ……」


 もしかしたら、おれが前田に攻め立てられた理由がわかるかもしれない。そう思ったおれは、河上先輩からの誘いに飛びついた。


 放課後、おれと高瀬は平賀さんの家へ持っていくジュースとお菓子の買出しをするためにコンビニエンスストアに寄っていた。


「あ、このケーキおいしそう」

 高瀬がスイーツの棚においてあるショートケーキを指していう。


「ねえ、これ買っていこうよ」

「自分の分だけ買っていけば?」

「えー、なんで。みんなで食べようよ」

「いや、男ってさ、あまり甘いもの好きじゃないんだよ」

 おれはそういいながら、高瀬ってやっぱり女の子なんだなと思った。少しは女子高生らしいところもあるじゃないかと。


 コンビニで買出しを終えたおれと高瀬は、河上先輩と待ち合わせをしている駅前の喫茶店へと向かった。

 喫茶店に着くとすでに河上先輩と平賀さんの姿があった。二人はおれたちの姿に気がつくと会計を済ませて外に出てきた。


「きょうは呼んでくれて、ありがとうございます」

「すぐ近くだから、行こうか」

 おれたちは平賀さんを先頭に、平賀さんの住むマンションへと向かった。


 平賀さんは駅からすぐのマンションに一人暮らしをしていた。

 入り口はオートロックで、なんかお洒落な感じのマンションだ。


「ちょっと散らかっているけれど、適当に座ってよ」

 平賀さんはそういったけれど、部屋は全然散らかっておらず、むしろ片付いているといった方がよかった。

 部屋はワンルームだったけれど二〇平米はある広さで、置かれているソファーなどもイタリア製のいかにも高そうなものばかりだった。


「平賀さんって、すげえ金持ちじゃないですか」

 おれは声を押し殺して河上先輩にいう。


「ああ。正確にいえば平賀さんの親が金持ちなんだよ。聞いたことないかな、平賀ひらが周明(しゅうめい)って」

 河上先輩の口から出てきたのは、おれでも知っているような国会議員の名前だった。平賀周明といえば、テレビ番組では討論番組からクイズ番組まで幅広く出演している売れっ子政治家でもある。


「それって凄いじゃないですか」

 おれと高瀬は思わず大きな声を出してしまった。


 キッチンスペースでコップなどの用意をしてくれていた平賀さんが、突然上がった大声に驚いたような顔をして、視線を向けてくる。


「凄いですね、平賀さん」

「ぼくが凄いわけじゃないよ」

 平賀さんは自嘲気味に笑うとみんなに氷の入ったグラスを渡してきた。

 おれたちは各自思い思いのジュースをペットボトルからグラスへ注ぎ込んでいく。


「さて、それじゃあ見ますか。我らが花岡くんの県大会優勝までの軌跡を」

 茶化すような口調で河上先輩がいうと、平賀さんがリモコンを手に取り五〇インチはある大型スクリーンテレビの電源を入れた。


 映像の始まりは床からだった。

『あれ、電源はいっているんですか、これ?』

 河上先輩の声。

 どうやら、撮影者は河上先輩のようだ。


 映像酔いするかと思うぐらいに風景が揺れる。

 平賀さんのビデオカメラの使いかたを説明する声が途切れ途切れに聞こえ、河上先輩の相槌が聞こえてくる。


 ようやく映像が落ち着くと、すぐに一回戦の試合がはじまった。

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