高校二年生編(37)
「花岡、なにやってんだ。集中しろ」
高瀬の声が聞こえてくる。怒りの篭った声だ。
その瞬間、前田の右手がかすかに動いたように見えた。
面打ちが来る。
おれは咄嗟に判断して、先を取って前田の打ち込もうとしていた竹刀の先に自分の竹刀の先をぶつけて、動きを封じた。
打ち込みを封じられてしまった前田は慌てて一歩後ろに下がり、間合いを取る。
また睨み合いになる。
時間だけが過ぎていく。
このまま行けば、おれは負ける。
どうすれば勝てるんだ。
そう考えていると、また前田の右手がかすかに動いた。
今度は一歩後ろに下がって間合いを広げる。
前田の竹刀はおれの小手に当たらず、空を切る。
そこを狙っておれは竹刀を振り上げると、前田の面を打った。
「面あり、一本」
これでお互い一本ずつ取り合って、試合は振り出しに戻った。
あとはどちらが先に一本を取るかだ。
試合の勝者は、インターハイの出場権を手にすることが出来る。
あの屈辱のインターハイから一年。
おれは常に神崎と戦うことばかりを考えてきた。
神崎に勝つ。それだけが、おれの剣道への原動力だった。神崎を倒すことが出来るというのであれば、どんなに辛い練習でも耐えられた。
おれはどんなことがあってもインターハイへ行かなければならないんだ。
前田、お前には悪いが、おれは勝ってインターハイへ行かせてもらうぞ。
おれは、お前よりも背負っているものがあるんだ。
竹刀の剣先が触れ合った。
お互い、一瞬の油断も許さないといった表情で睨みあう。
会場からは割れんばかりの歓声が聞こえてきていた。
だが、おれと前田の間にあるのは静寂だった。
明鏡止水。
おれは水面に波紋が起こるのをじっと待った。
前田の右脇がかすかに浮いた。
おれはそれを見逃さなかった。
前田が踏み込んでくる。
おれは迎撃するために、前田の竹刀を跳ね上げるように下から竹刀を擦り上げた。
竹刀の剣先が交錯する。
その刹那、おれは剣先を変化させて前田の胴を打ち抜いていた。
「胴あり、一本」
試合後、面を脱いだおれは前田と握手を交わした。
「凄いな、花岡。県大会連覇かよ。やっぱり、俺じゃ花岡には勝てなかったな」
「十分、前田も強かったよ。途中、おれはお前に負けるんじゃないかって思って心が折れそうになったよ」
「よく言うよ」
前田がおれの言葉を笑い飛ばす。
「インターハイ、頑張れよな」
「ああ」
「絶対に優勝しろよ、花岡」
「当たり前だろ。おれが優勝しないで誰が優勝するんだよ」
おれは軽口を叩きながらも、試合中ずっと気になっていたことを口にした。
「そういえば、前田さ、試合中におれの足元ばかりを見ていただろ」
「ああ、あれね。平賀さんの入れ知恵だよ」
前田が笑いながらいう。
「試合前に平賀さんが近寄ってきて、どうしても花岡に勝ちたいんだったら、花岡の足を見ろっていうんだよ。何度も足を見られれば花岡も気になって集中が切れるはずだからって」
その前田の言葉を聞いて、おれは客席にいる平賀さんのことを睨みつけた。
おれたちの話し声が聞こえていたのか、平賀さんは首をすくめるようにしてノートパソコンの蓋を閉じて、力のない笑顔をおれに向けてきた。
「なあに、青春しているんだよ」
高瀬が背後から近づいてきて、体育館の床に座っているおれの肩に背後から抱きつくようなポーズを取った。
「汗臭い男が二人で、いまの試合の感動を語り合っているのか? 臭いねえ、臭いぞ。青春の臭いがぷんぷんする」
高瀬は指で鼻を摘まんで笑いながらいう。
「なにが言いたいんだよ、高瀬」
「別に……」
「あ、ベンチにタオルを置いてきちゃったよ。ちょっと取ってくる」
前田がわざとらしい言い方をして立ち上がると、おれたちに背を向けてS高校応援席の方へと歩き始めた。
「なんだよ、その変な気遣いみたいなの。前田、お前なにか勘違いしていないか」
おれは前田の背中に声を掛けたが、聞こえなかったのか前田はそのまま歩いていってしまった。
高瀬は歩いていく前田の背中を見送りながら、口を開いた。
「ついにインターハイだね、花岡」
「ああ」
「また、隼人と戦うことになるかな」
「どうだろうな。でも、トーナメントである限りは絶対にあいつとぶつかる気がする」
「がんばれよ、インターハイ」
「高瀬にいわれなくても、がんばるよ」
「なんだよ、その言い方。花岡はいつもひと言余計だよな」
高瀬はそういって、おれの肩にパンチをしてきた。
「おれはこの一年、ずっと待っていたんだ。ようやくまた同じ舞台に辿り着けたよ。高瀬、お前のお陰でもあるんだ。ありがとうな」
「お礼はインターハイで優勝してからいえよな」
「そうだよな。インターハイで優勝したら……」
「インターハイで優勝したら?」
「いや……なんでもない」
「なんだよ、気になるじゃんか。男ならびしっといえよ、びしっと」
「いや、いまはやめておくよ。インターハイで優勝したら教えてやる」
「なんだよ、勿体ぶっちゃって」
インターハイまであと二週間。
おれは、再び神崎と同じ場所に立つ。
今度は勝つ。そう胸に刻み込んで。




