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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校二年生編
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高校二年生編(35)

 試合場には、おれよりも先に試合場へ向かった前田の姿があった。

 かなり緊張しているようで、おれが隣に腰を下ろしたことにすら気づいていない。


「おい、前田」

 いきなり声を掛けられたことに驚いたのか、前田は目を大きく見開いて振り返った。


「花岡か、脅かすなよ」

「さっきから隣に座っていたんだが……」

「えっ、そうだったのか。気づかなかった」

「緊張しすぎるなよ。いつもどおりにやればいいんだ」

「無理いうなよ。いままで県大会に出れたとしても、一回戦で負けるのが常だったんだぞ。そんな俺が準決勝にいるんだ。こんなプレッシャーあるかよ」

「プレッシャーねえ。まあ、がんばれよ。おれからいえることはそれだけしかない。もし、ここで前田が勝てば、おれと決勝で当たるからな」

「だから、プレッシャー掛けるなって」

 前田が顔を強張らせながらいう。


「県立S高校、花岡選手。試合の準備をしてください」

 大会運営委員の人にいわれ、おれは前田の隣で面の装着をはじめた。


「お前なら、決勝に来れるよ。待っててやるから、きっちりと上ってこい」

 おれは前田にそういうと、自分の竹刀を持って立ち上がった。


 準決勝の相手は、なんとあの大浦だった。

 去年は新人戦だったため同じブロックで戦ったが、二年生以上が出場する地区大会ではブロックが違っていたため、ここまで顔を合わせることはなかった。


 試合場の中央に進み出ると、大浦の顔が強張っているのがよくわかった。

 どうして、またお前と戦わなければならないんだ。

 そう大浦の顔に書いてあるような気がしたので、おれはにやりと笑って見せてやった。


「はじめっ」

 審判の声が試合場にこだました。


 大浦は上段に構えていた。

 構えを見るかぎり、去年よりは多少腕は上がっているように感じられた。


 おれは正眼に構えたまま、じっと大浦のことを見据えていた。

 桑島先輩ではないが、明鏡止水の心でじっと動かない。


 あたり一面は巨大な水溜りだ。そこに石を放り込めば波紋が起こる。

 おれはその波紋を――大浦の動きを察知して素早く動く。


 大浦の振り下ろした竹刀が目の前を通過する。

 おれはギリギリのところで、大浦の面打ちを避けていた。


 大浦は追い討ちを駆けるように、さらに面打ちを繰り出してくる。

 確かに大浦のレベルは上がっていた。一年前の大浦であれば、あの面打ち一発が精一杯だったはずだ。


 でも、レベルが上がっているのはお前だけじゃないんだよ、大浦。

 おれは追い討ちを駆けてきた大浦の面打ちを竹刀で受け止めると、鍔迫り合いに持ち込んだ。


 すぐ近くに大浦の顔が見える。

 細く釣りあがった目。中学生だった頃のおれは、この目にひと睨みされただけで震え上がっていた。


 だが、いまはどうだろうか。この目を間近で見てもなんとも思わない。恐怖を覚えることもなければ、憎しみすらも感じない。

 おれは一気に大浦の竹刀を下から弾き上げた。


 その瞬間、おれは笑っていた。無意識の笑みだった。


 手首の回転と竹刀の動かし方は、何百、何千回と練習をした。

 会場が揺れるのではないかと思えるぐらいのどよめきの声が起こった。


 大浦はぽかんとした表情でその場に突っ立っていた。


 おれは渾身の面打ちを大浦に打ち込んでやった。


「面打ち、一本!」

 会場のどよめきが、拍手喝采に変わった。


 おれの巻き上げ打ちが成功したのだ。しかも、完璧な形で。

 大浦の竹刀は場外に落ちていた。

 副審が竹刀を拾い上げ、戸惑いの表情を浮かべたままの大浦にその竹刀を渡す。


 まだ、試合は終わってはいなかった。

 おれが面打ちで一本を先取しただけだ。


 しかし、大浦は心ここにあらずといった状態になってしまっていて、おれは二本目を小手打ちで難なく取って勝利した。


 S高校控え席へ戻ってくると、おれは他の部員たちに囲まれて質問責めにあった。


「花岡、いつのまに巻き上げ打ちなんて使えるようになったんだよ」

「恰好いいじゃねえか、花岡。今度、やり方を教えてくれよ」

「先輩、ちょー恰好いいです。俺、惚れちゃいそうでした」

「花岡ちゃん、自分だけいいところ見せちゃってずるいわよ」

 おれはみんなの言葉を曖昧な笑みでかわすと、応援席にいた岡田さんのもとへと急いだ。


 岡田さんはおれを笑顔で迎えてくれた。

「七十五点だな」

 最初のひと言は、厳しい採点だった。


「おれは一〇〇点満点でもいいと思ったんですけど」

「甘いよ、花岡くん。鍔迫り合いに持ち込んで相手の油断を突いたのは良かった。でも、相手が花岡くんが巻き上げ打ちを使える選手だと知っていたら、こうも上手くは行かなかっただろうね。今回は相手が何も知らなかったから勝てた。それだけだよ」

「はい……」

「それに、もうこの大会で巻き上げ打ちは使えないぞ。前もいったけど、巻き上げ打ちを使えるのは一度きりだ。一度見られてしまったからには、相手も巻き上げ打ちを警戒してくる。巻き上げ打ちみたいな技は、相手に警戒されたら絶対に成功しない技だからな」

「相変わらず、厳しいな、岡田さんは」

 岡田さんの酷評に、河上先輩がにやつきながらいう。


 確かに岡田さんの言葉は厳しいものがあった。

 でも、それはおれのことを思ってくれているからであって、おれのために厳しくいってくれているのだと思うと、おれは嬉しかった。

 いままでおれのことをここまで厳しく評価してくれた人は少なかった。

 特に祖父が亡くなってからは、おれの剣道を厳しく評価してくれた人などは一人もいないはずだ。


「あと一回勝てば優勝だろ、気合い入れていけよ」

 岡田さんはそういうと、おれの肩をぽんと叩いた。

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