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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校二年生編

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高校二年生編(32)

 最初の面打ちは、決まるはずだった。

 いつもの前田であれば、簡単に一本を取れたはずだ。

 しかし、その面打ちは完全に避けられていた。

 それどころか、反撃まで受けてしまった。


 おれの攻略法。

 本当にそんなものが存在して、それを前田は平賀さんから伝授されたのだろうか。


 いや、そんなはずはない。いまのは、まぐれだ。次は絶対に一本を取る。


 おれは気合いを入れなおすと、構えを下段に変えた。

 前田は相変わらず、中段構えだった。


 何度か、打ち込みをするように見せて誘いを掛けたが、前田はそれに動じることはなく、じっとおれの動きを見ていた。

 もし、本当におれの攻略法があるっていうのならば、これも攻略してみろ。


 おれは動きを止めてじっと構えると、ノーモーションで小手打ちを狙った。

 電光石火。


 前田の小手におれの竹刀が吸い込まれていく。

 攻略法、そんなの嘘っぱちだ。

 おれは声を上げて笑おうと思った。


 だが、おれの顔は引き攣ったままで、笑い声などは出てこなかった。


 おれの竹刀は空を切っていた。

 全身が粟立った。


 その刹那、おれは胴に衝撃を受けていた。


「胴あり、一本」

 審判を務める岡田さんの声が面越しに聞こえてきた。


 前田に一本取られた。


 おれは目の前で起きている現実に目を背けたくなった。

 すべてが嘘であってほしいとおもった。

 だが、一本を取られたという現実は変わらない。


「だからいったじゃん、花岡攻略法を伝授されたって」

 下がり際、前田がいった。


 そのひと言でおれの中の何かが崩壊した。


 おれは前田に殴りかかっていた。


「馬鹿、やめろ」

 河上先輩の声が体育館に響いた。


 おれのパンチは前田の面ぎりぎりのところで止まっていた。

 肩は伸びきっていた。届かなかったのだ。


 まさか、これも攻略法ってやつなのか。

 おれは走り寄ってきた河上先輩に押さえつけられ、岡田さんがおれと前田の間に入って二人を近づけさせないようにした。


「すいませんでした、先輩。もう、大丈夫です」

 おれは体を押さえつけている河上先輩に呟くようにいった。

 岡田さんの向こう側にいる前田は、おれに殴りかかられたことに驚いたのか、目を丸くしていた。


 おれは面を脱ぐとその場に正座をして、頭を下げた。


「前田、ごめん」

「やめろよ、花岡。別に俺はなんとも思っていないよ。それに挑発をしたのは俺の方だし。だからやめてくれよ。頭を上げてくれ、花岡」

 前田が慌てて近寄ってきていう。


 でも、顔はあげられなかった。

 おれの顔は涙で濡れていたからだ。

 どうして、涙が溢れてきてしまったのかは、自分でもよくわからなかった。

 前田に一本を取られてしまったという屈辱からか、それとも前田という友人に殴りかかってしまったという自分の愚かさからか。

 どちらにしろ、おれの頭の中は混乱していた。


 三十分休憩をしよう。

 そう提案をしたのは田坂さんだった。


 おれはスポーツタオルを頭から被り、体育館の端で座り込んでいた。

 そんなおれのことを心配してか、前田がスポーツドリンクを片手に近づいてきた。


「隣、座るぞ」

 おれは前田の言葉になにも答えなかった。


 それでも前田はおれの脇に腰を下ろし、おれの前にスポーツドリンクのペットボトルを置いた。


「人間って、自分では気づかないうちにやっている行動があるそうだ。まあ、それを癖っていうんだけどさ」

 おれに話しかけているのか、それとも一人で話しているのかわからないが、前田は言葉を続けた。


「打ち込む時の右足の親指、それが花岡の癖だとさ」

 その言葉におれは顔を上げ、前田の顔をじっと見てしまった。


「平賀さんは、初日に花岡と岡田さんの試合稽古を見ていて、その癖に気づいたそうだよ。平賀さんってすごいんだよ、あの人ノートパソコンを持ち歩いていただろ。あのノートパソコンに色々な人の癖をデータベースにして入れているんだ。俺も最初はそんなことあるわけないって信じなかったけれども、昨日、花岡が帰ったあとに、さんざん平賀さんに叩きのめされたんだ。『前田くんの癖は、打ち込むときに左肘を下げてしまうことですよ』ってさ。もう、こうなったら平賀さんを信じるしかないと思ったよ。だから、平賀さんのいう通りに花岡と試合稽古をしてみた。それで結果はこの通り」

「本当におれの右足の親指は……」

「ああ、打ち込む時にぐっと力を入れている。よく見ないとわからないけれどね。花岡と試合稽古をして、鳥肌がたったよ。平賀さんのいったとおりだって」


 親指か。

 意識をしたことのないところだった。

 あれだけ打ち込んでも当たらなかったのだから、前田のいっていることは本当なのだろう。


「そろそろ、稽古を再開するぞ」

 田坂さんが体育館に戻ってきて、おれたちに告げる。


 おれは面を被ると、前田の肩を軽く叩いてからいった。


「もう一回、試合稽古をしてくれるか?」

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