高校二年生編(25)
面を脱いだおれは岡田さんの前に正座をすると、岡田さんに頭を下げた。
「岡田さん、おれにさっきの技を教えてください。お願いします」
「おいおい、やめてくれよ」
岡田さんの困ったようにいう。
「そんなことをしなくても教えてやるよ」
「本当ですか」
「ああ。でも、こんな技を試合で使わなくても、十分に強いじゃないかキミは。あの小手打ち、ノーモーションで打たれるまでわからなかったぞ」
「ダメなんです。おれはもっと強くならなきゃいけないんです」
「そうか、わかった。俺はあの技しかできないけれど、それでよければ教えるよ」
「ありがとうございます」
こうして、おれは岡田さんからあの技を教わることとなったのだった。
岡田さんがおれに使った技は、巻き上げ打ちと呼ばれる技だった。
これは歴とした剣道の技で、相手の竹刀を巻き取るようにして上に弾き飛ばし、素早く打ち込むというのが本来の技なのだが、巻き上げ打ちをされた方は驚いて竹刀を離してしまうことが多く、一本というよりも試合中に竹刀を手放したことによる反則でポイントになることの多い技だそうだ。
おれも剣道歴は長いけれども、初めて知る技だった。
おそらく祖父がそういった技はおれに教えないようにしていたのだろう。
祖父は巻き上げ打ちのような技を使う剣道ではなく、正面から攻め込む正統派な剣道を好んでいた。
もし、祖父が生きていて、おれが巻き上げなんて技を学んでいると知ったら何といっただろう。
きっとこういうに違いない。
「そんな小手先の技の練習をする暇があったら、素振りでもやっていろ」
祖父がそんな風におれを叱りつける姿が目に浮かんだ。
だけれども、おれは巻き上げを学ぶことを選んだ。
おれは祖父の教えを破ってしまっているだろうか。いや、巻き上げ打ちだってちゃんとした剣道の技だ。きちんとものにすれば、祖父だって少しぐらいは目を瞑ってくれるはずだ。
おれはそういい聞かせて、その日は日が暮れるまで岡田さんから巻き上げ打ちのやり方を教わった。
「おつかれさま、花岡くん。だいぶ練習に熱を入れていたみたいだけれど、巻き上げは出来るようになったかい?」
練習終了後、防具の片づけをしていると、田坂さんが頭の汗をタオルで拭いながら話し掛けて来た。
「巻き上げることは出来るようになったんですけど、その後の攻撃に移行することがまだ上手くできないです」
「えっ……巻き上げできるようになっちゃったの」
「こいつ、剣道の天才なんですよ」
河上先輩がおれの肩に腕を回して、驚いた顔をしている田坂さんにいう。
「ただ、それ以外のことは不器用でしょうがないんですけどね」
「それって、どういうことですか、河上先輩」
「そんな質問をしてしまう時点で、お前は鈍感だってことだよ。なあ、高瀬さん」
「えっ、ちょっと、なんでわたしに振るんですか」
高瀬が慌てたように河上先輩にいう。
「おや、こっちにも不器用はいたようだね」
河上先輩はそういうと一人で笑いながら、体育館を出て行ってしまった。
「一体、何なんだよ」
おれは小首を傾げながら剣道具を防具袋へとしまい込んで、帰り支度を済ませた。