高校二年生編(11)
そんな高瀬とは離れた場所で、木下は押さえきれない緊張と戦っていた。
ときおり、咳き込みながら、えずいたりもしている。
先ほどの個人戦では見事な勝利を収めた木下だったが、やはり試合前になると緊張がピークになってしまうようだ。
「木下くん、がんばって」
体育館の二階にいる女子の声が振ってきた。
木下はその声に答える余裕もないようで、俯いてなにやらぶつぶつと呟いている。
「木下、しっかりしろよ。さっきみたいな動きが出来れば勝てるって」
おれは平手で木下の背中を思いっきり叩いてやった。
「勝てるかな。本当に勝てるかな、花岡」
「いつもどおりにやれば、大丈夫だ。お前はおれとあれだけの練習をしてきたんだ、負けるわけがないだろ」
「そうだよな。花岡と練習してきたんだから負けるわけがないよな」
少しは緊張が解けたのかぎこちないながらも木下は笑みを浮かべた。
いつの間にか木下の震えは止まっていた。
木下の相手となったのは、藤堂という長身の三年生だった。
この藤堂はインターハイにも出場経験がある強豪だ。
ゆっくりとした動作で藤堂は正眼の構えを取ると、じっと木下のことを見据えた。
そんな藤堂に対して木下も正眼で構える。
構えを見ただけでも、どこか木下は藤堂に飲み込まれてしまっているようにも思えた。
「ありゃあ、まずいな」
試合を見ていた棟田が呟くようにいった。
「木下では荷が重過ぎる相手かもしれないですね」
「いや、上手く行けば木下は化ける。お前との練習で、多少の成長は見せたしな」
「成長ですか」
その後は棟田から言葉が返って来なかったため、おれは口を噤んで木下の試合を見守った。
先に仕掛けたのは木下だった。
藤堂と対峙していたのは短い時間だったが、なにかに耐え切れなくなって飛び出したかのように見えた。
飛び込んできた木下に対して、藤堂はゆっくりとした動作で面打ちを繰り出した。
あのスピードであれば、避けられるだろう。
誰もがそう思ってみていたが、木下は避ける動作などをしないまま、藤堂の面打ちをまともに喰らってしまった。
「面あり、一本」
M学園陣営から歓声が上がった。
木下が俯きながら、試合場の中央へと戻っていく。
「木下、取り返せ。まだ大丈夫だぞ」
棟田先輩が声を張り上げる。
再び、木下と藤堂が向かい合う。
構えは二人とも同じで正眼の構えだった。
「さっきの面打ち、随分とゆっくり打ち下ろしたように見えましたけれど……」
「木下は動けなかった」
「やっぱり、棟田先輩も気づいていましたか」
「ああ。あの藤堂って奴、強いぞ。相手を動けない状態にしてから、面打ちを振り下ろす。見ている側にはわからないが、正面に立っていたら凄い圧迫感に襲われているんだろうな」
試合場の中央に立った木下と藤堂は、二人ともじっと動かないまま睨み合いを続けていた。
おそらく藤堂は、さっきの一本で逃げ切るつもりでいるだろう。