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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校二年生編
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高校二年生編(4)

 再び練習の鬼となったおれは朝練習が始まる一時間前に登校し、まだ誰も来ていない体育館で素振り稽古をしていた。


 朝練習で一番最初に姿を現したのは、鍋島なべしまという一年の男子生徒だった。

 来たのは練習開始の二十分前。

 自分が一番乗りだと思っていたのか、体育館の中央で汗を掻きながら素振りをしているおれの姿を見て驚いた顔をしていた。


「おはようございます、花岡先輩」

「ああ、おはよう」

 おれは休憩するために素振りをしていた手を止め、鍋島の挨拶に答える。


「随分、早いんですね」

「そうだな。少しでも多く練習をしたいから、朝練習の時は一時間前には来てるよ」

「えっ、一時間も前からですか」

 鍋島は目を真ん丸くして驚きの声を上げる。


「そうだよ。そのぐらい練習をしなきゃ強くなれないとおれは思っているから。早く着替えてこいよ。着替えたら、打ち込み稽古やろう」

 おれの言葉に、鍋島は慌てて体育館の隣にある剣道部の部室へと飛び込んで行った。


 鍋島が着替えて戻ってくると、体を温めるために軽い準備運動と素振りをさせて、打ち込み稽古に入った。

 朝稽古が始まる時間までは、まだ十五分もある。打ち込みで汗を掻くにはちょうどいいぐらいの時間だ。


 鍋島は中学時代に地区大会で優勝した経験を持っており、打ち込みの正確さはさすがだった。

 ただ、欲をいってしまえば、もう少しパワーが欲しいところだ。

 鍋島は、どちらかといえば、華奢な体をしているため、打ち込みが正確でも一撃の力が弱い。

 打ち込みが弱いと、入りが浅いと見なされ、審判によっては一本を取らない場合もある。

 その点で鍋島は不利だといえるだろう。


 鍋島と打ち込み稽古をしていると、次々に剣道部員たちが朝練習に参加するためにやって来た。

 日曜日に練習試合があるというだけで、朝練習に参加する人数も違ってくる。

 みんな、やっぱり勝ちたいのだ。


 朝稽古では、おれは鈴木先輩や棟田先輩、桑島先輩と試合稽古を何本かこなした。

 あまり朝から気合いを入れて稽古をしてしまうと、その後の授業に差支えが出てしまうため、おれと朝稽古で試合稽古をしてくれる部員は少なかった。



 朝稽古で疲れた体に鞭を打ちながら、受ける授業はしんどかった。

 シャープペンシルを握って黒板を見つめるのだが、それを邪魔するかのようにまぶたが重く圧し掛かってくる。


 睡魔との戦い。


 大体は気がつくと負けている状態であり、その負けを表すように、おれの机の上には、よだれの池ができていた。

 疲れているのだからしょうがない。

 だが、睡魔がやってこない時間でも、授業には集中することはできていなかった。


 もうおれの頭の中には、日曜日のことばかりでいっぱいなのだ。


 神崎からどうやって一本を取ってやるか。

 そのことばかりを考えていて、授業なんて上の空だった。


 頭の中では、なんどもインターハイのときの再現を繰り返していた。


 神崎の面打ちの動き、スピード、踏み込みの時の足など、さまざまなことを思い出しながら、自分の動きをあわせて考えていく。

 そんなことをやっているうちに、おれは決まって睡魔に負けて眠ってしまっていることが多かった。


 その日の英語の授業も例外ではなく、睡魔に負けて教科書にちょっとしたよだれのダムを作って、おれは眠ってしまっていた。


 英語教師の微妙な発音の英会話と神崎の剣筋が頭の中で交錯する。

 あの時、靭帯さえ切れなければという考えばかりが浮かんでくる。

 あれは事故だった。

 しかし、負けたことは確かだ。

 いや、靭帯さえ……。

 そんな問答の繰り返し。


 シャーペンの先で腕を突かれて目を覚ましたのは、日本史の授業が終わった時だった。

 一時間目が英語、二時間目が数学、そして三時間目が日本史の授業となるわけなのだから、おれはふたつの授業を眠ったまま過ごしてしまったらしい。

 これには自分でも驚きだった。


「ちょっと寝すぎだよ、花岡くん」

 二年になっても同じクラスになった石倉さなえが、笑いを噛み殺したような表情でおれにいう。


 どうして石倉はそんな表情をしているのだろう。

 おれは疑問に思って、石倉に尋ねてみた。


 すると石倉は笑いを堪えきれなくなり、八重歯を見せて笑い出すと、おれに手鏡を差し出した。


 鏡に映ったおれの顔には何本もの赤い線が描かれていた。

 教科書の跡だ。

 しかも、よだれをたらしていたせいで、日本史のプリントに印刷してあった『楽市楽座らくいちらくざ』という文字がおれの頬に写ってしまっていた。


 おれは苦笑いを浮かべながら『楽市楽座』が写ってしまった頬に手を当てて何かを考えている素振りをするようなポーズを取りながら、洗面所へと駆け込んだ。

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