高校一年生編(23)
おれはほっと胸を撫で下ろすと、桑島先輩が出場するもう一つの準決勝をサポートするために席を立ち上がった。
もう一つの準決勝は、桑島先輩とY高校の二年生の対決だった。
Y高校はスポーツに力を入れている私立高校で、剣道に限らず、野球、サッカー、ラグビーなどでインターハイに出場している有力校だ。
そんな有力校なだけあって、試合場には応援団とチアリーダーたちが駆けつけており、ひと際目立っていた。
「明鏡止水って知っているか、花岡」
試合場の端で正座をしながら精神統一をしていた桑島先輩が、珍しくオネエ言葉を使わず、おれにいった。
「なんですか、それ。四文字熟語?」
「静かで澄み切っているってことだよ。覚えておくといい」
桑島先輩はそういって立ち上がると、観客席の方へと視線を向けた。
おれが釣られる様に観客席へ目をやると、そこには見覚えのある顔があった。
「河上先輩……」
「佐竹先輩……」
桑島先輩とおれの声が被った。
二階席の端には二人の姿があった。
どうやら、受験勉強の合間を縫って試合を見に来てくれたようだ。
観客席にいた二人も、こちらが気づいたことがわかったのか、笑顔で手を振ってくれた。
「花岡ちゃん、悪いけどあたしやる気が出てきちゃったわよ。決勝戦、待っていなさい」
突然オネエ言葉に戻った桑島先輩が、おれに人差し指を突きつけながら、宣戦布告をしてきた。
どうやら河上先輩の登場で、桑島先輩の剣道魂に火がついたようだ。
準決勝の試合が始まると、その魂の燃え上がり方が尋常ではなかったということがよくわかった。
桑島先輩は相手のことを圧倒するほどの攻めを見せ、相手になにもさせないまま二本先取して試合終わらせた。
「これが愛の力よ」
戻ってきた桑島先輩はそんなことをいっていたが、おれは観客席にいる佐竹先輩に夢中で、そんな話は右から左へと聞き流していた。