高校一年生編(21)
準決勝。
大会本部席に張り出されたトーナメント表を見に行ったおれは、苦笑いを浮かべざる得なかった。準決勝の対戦相手が、なんと鈴木先輩だったからだ。
トーナメント表をよくよく見てみると、すごいことが判明した。準決勝に残っている四人の選手の内、三人が我がS高剣道部員なのだ。これでは同校対決になってしまっても、仕方のないことだ。きっと、このトーナメント表を見て、小野先生は鼻高々だろう。
よりによって、豆タンクか。
おれは余計なことを鈴木先輩に吹き込まなければ良かったと後悔していた。
絶対に鈴木先輩は気合入りまくりで挑んでくるはずだ。
なんせインターハイで優勝するつもりでいるのだから。
おそらく、鬼のような強さを発揮するに違いない。
今年の夏におれがそうだったように。
おれが大会本部席前でどうしたものかと思案していると、高瀬が隣にやってきてトーナメント表を見上げた。
「ほほう」
「なんだよ、そのフクロウの鳴き声みたいなのは」
「こりゃ、責任重大だな。わたしのためにも頑張ってこいよな、花岡」
高瀬は意地悪な笑みを浮かべると、おれの背中を押した。
S高に割り当てられた選手控え席に戻ってくると、鈴木先輩が気合の入った素振りをしていた。
鈴木先輩はおれが戻ってきたことに気がつくと素振りをやめて、こちらに近づいてきた。
「花岡、試合に先輩後輩は関係ない。お互い全力を出し尽くそう」
そう言って鈴木先輩は右手を差し出してきた。
なんだ、この爽やかな演出は。
おれはそう思いながら、鈴木先輩と握手を交わした。
きっと高瀬のことを意識しての行動なのだろう。
だけれども、高瀬が絶対にこんな爽やかを装った暑苦しい男が好きなタイプではないということだけは、おれでもわかることだった。
おれは自分の竹刀を手に取ると、選手控え席から離れて、別の場所で素振りをすることにした。
準決勝ともなると、一回戦で全滅してしまった高校の選手たちなどが帰ってしまっていることもあり、スペースが空いているところが結構あった。
おれが別高校の誰もいなくなったスペースで素振りをしようとしていると、二階席から声を掛けられた。
顔を上げると、そこには石倉さなえがいた。
「花岡くん、がんばっているね」
「本当に見に来てくれたんだ」
「あたりまえじゃない。せっかく剣道をしている花岡くんを見れるまたとないチャンスなんだから」
「そういえば、他の連中は?」
おれは石倉さなえが一人だということに気づき、石倉に尋ねた。
「ああ、晴美たちは剣道部の恰好いい先輩を見つけたとか言って、きゃあきゃあ言いながらどこかへ行っちゃった」
「格好いい先輩?」
「そう。何ていったっけな。クワハラ先輩?」
「クワハラ? ああ、桑島先輩か」
おれはそう言ってから笑いを堪えた。
確かに桑島先輩の外見は女子にモテる顔立ちだ。
お洒落な坊主頭で眉もきちんと整えているし、目鼻立ちもすっきりしている。身長も高いし、スラっとしたモデル体型だ。
だけれども、それは外見だけの話だ。
あのオネエ言葉を聞いたら、彼女たちは興ざめしてしまうこと間違いなしだろう。
「次の試合、勝てそう?」
心配そうな表情を浮かべながら石倉がいう。
「野暮なこと聞くなよな。最初から負けるつもりじゃ試合に挑まないって」
自分の心の中にある不安も吹き飛ばすつもりで、おれは石倉の心配事を笑い飛ばすようにいった。
館内放送でおれの名前が呼ばれた。
どうやら、試合の時間になってしまったようだ。
「がんばってね。絶対に勝ってね」
石倉の言葉を受け、おれは笑顔を石倉に返すと試合コートへ向かった。
試合場へ先に姿を現していた鈴木先輩は気合いが入りまくりといった様子で、落ち着きなく体を動かしていた。
それに対して、おれは自分でも落ち着きすぎているなとわかるぐらいに冷静だった。
頭の中では、何度も練習で経験してきた鈴木先輩の突進や打ち込みのイメージが再生されている。傾向と対策は出来ている。
しかし、油断は出来ない。あの人は試合になると、俄然、力を発揮するタイプだから。
そう自分にいい聞かせて、試合場の中央へと向かった。