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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校一年生編
18/98

高校一年生編(18)

 朝練後の授業は、睡魔との戦いだった。

 それはおれだけではなく、高瀬も同じようで、黒板に書き込まれる英文を尻目に体を前後に揺らしながら舟を漕いでいる。


「ねえ、剣道部って次はいつ試合やるの?」

 隣の席に座る石倉さなえが囁くように小声で聞いてきた。


「次は……再来週だっけな。たしか、土曜日」

「応援に行っても、大丈夫?」

「大丈夫じゃないの。やる場所は市民体育館だから」

「本当。じゃあ応援、行っちゃおうかな」

 石倉さなえが小さくガッツポーズを取ってみせた。


 いつからこんなにも剣道って人気になったのだろうか。おれはそんなことを思いながら、黒板に書かれているミミズの這ったような筆記体の英文を見つめていた。


 英語の授業が終わると、石倉が待っていましたとばかりに話しかけてきた。

「剣道のルールって難しいの?」

「いや、そんなには難しくないと思うけど。どうして」

「見に行くんだったら、そのぐらいのことは知っておきたいじゃない。ルールもわからないのに、見たって面白くないでしょ」

 確かに石倉の言うことは一理あった。

「剣道の試合は三本制で、二本先取した方が勝ちなんだ」

 おれが石倉に剣道の簡単なルールと見るポイントなどを教えると、石倉はいちいちそれをノートに取っていた。

 どこまで真面目なんだ、こいつはと思いながらも、石倉がノートに書き込む綺麗な字におれは見惚れていた。


「花岡くんって、剣道が大好きなんだね」

 石倉はノートから顔を上げると真面目な顔をして言った。


 確かに剣道は大好きかもしれないが、人から改めて言われるとなんだか照れくさい気がする。


「そうだな。三度の飯よりも、剣道が好きかもしれないな」

「女の子よりも?」

 石倉がおれの目を覗き込むようにして言う。


 おれは一瞬、言葉に詰まってしまった。石倉に心の奥底を覗き込まれたような錯覚に陥ったということもあるし、なんかどきっとしてしまったからだ。


「そりゃあ、もちろん」

 おれは誤魔化すように大声で笑いながら言った。なぜか胸が締め付けられるように苦しかった。



 昼休み、いつものように渡り廊下で昼食を取ろうと校舎内を歩いていると、少し先に高瀬の後ろ姿を発見した。


 おれは声を掛けようと思って近づいていったが、途中で高瀬が一人ではないことに気づいて、その足を止めた。


「――なんだよ。俺と付き合ってくれないか?」

「悪いんだけど、好きな人いますんで」

 なんと、おれは高瀬が告白されている場面に遭遇してしまったようだ。


 告白をしている男の顔は、いま居る場所からはよく見えないが、声はどこかで聞き覚えのある声だった。


「好きな人って、誰?」

「そんなことは、先輩には関係ありません」

 びしっとした口調で高瀬がいう。

 いま、確かに先輩って言ったよな。

 ということは、上級生から告白を受けているのか。

 おれはそんなことを思いながら、告白している男の方は一体誰なんだろうかという好奇心が押さえられなくなってきていた。


「好きな人っていうのは、もしかして、花岡のことか?」

 いきなり自分の名前が出てきたため、おれは驚いて声を上げそうになってしまった。よりによって、なんでおれの名前が出てくるんだ。


 高瀬は何も言わなかった。後ろ姿しか見えないので、どんな顔をしているのかもわからない。


「やっぱり、花岡なんだな」

「答えたくありません」

 だから、どうしておれの名前が出てくるんだよ。一体、どこのどいつだ。

 さっきから無断でおれの名前ばかり連呼しやがって。


 おれは男の方の顔を見てやろうと、足音を立てないようにして二人の姿が見える場所へと移動した。


 男の顔が見えた時、おれは驚きを隠せなかった。


 高瀬に告白をしているのは、なんとあの豆タンクこと、剣道部の鈴木先輩だったのだ。


「あんな奴のどこが……」

「うるせえよ、消えろボケ」

 突然、高瀬の口調がヤンキー口調になった。

 それでも怒りを抑えているような感じがあった。


 部活中にはヤンキー口調で話をしないため、鈴木先輩は驚きを隠せない様子で目を白黒させている。


「剣道部の先輩だからいままで我慢していたけどさ、あんたみたいな男は大っ嫌いなんだよ。いつまでも先輩風吹かせて偉そうにしてないで、さっさと消えてくれない」


 高瀬の言葉に鈴木先輩は顔色を変えると、その場から逃げるように去っていった。


 なんだかすごいものを見ちゃったな。

 おれはそう思いながら、このまま歩いていって高瀬に追いついてしまうべきなのか、それとも別の道から渡り廊下へ行くべきなのだろうかと考えていた。

 そして、別の道から行こうとおれが決断し、その一歩を踏み出した時、運悪く、おれは高瀬に見つかってしまった。


「花岡……」

 おれはバレているにも関わらず、顔を隠すようにして二歩、三歩と歩き出そうとした。


「なんで逃げるんだよ」

 高瀬の鋭い声が背中に刺さる。


 もう逃げれないぞ。

 おれは盗み聞きをしてしまったことを謝ろうと決意を固めて振り返った。


 おれの目に飛び込んできたのは予想外な光景だった。

 そこにいた高瀬は涙を流していた。


「いまの聞いていたんだろ」

 首を横に振って否定しようと思ったが、高瀬の涙を見てしまった以上それは出来なかった。

「ああ。悪いと思ったけれども、つい立ち聞きしてしまった」

「恰好悪いよな、わたし」

 高瀬の目から涙がぼろぼろと零れ落ちてくる。


 おれはどうしていいのかわからず、その場に立っているだけだった。


「こんなところ、花岡に見られちゃうなんてさ。ダサいよ。ダサすぎだよ」

 高瀬はもうおれの手に負えないぐらいに泣きじゃくった。


 目の前で女の子が泣いている。

 それなのに、おれはどうしてやることも出来なかった。


 高瀬は五分ほど泣き続けたが、それですっきりしたのか涙を手で拭いて笑顔を見せた。

「ダサいよな、わたしって。花岡の前で泣いた姿を晒しちゃったし。あーあ、なにやってんだろ」

 泣きすぎたせいでか、高瀬の鼻は真っ赤になっていた。


「わたしはさ、いま剣道が楽しくてしょうがないんだ。やっと自分が打ち込めるものに出会ったって感じなんだ。だから、花岡とのいまの関係も崩したくは無い」

「なんだかよくわかんないけど、いいんじゃないの」

「なんだよ、それ。本当にわたしの気持ちわかってんのか」

 高瀬が笑いながらおれの肩にパンチを当ててくる。

 ようやく高瀬にいつもの笑いが戻ってきた。


 その笑顔を見て、おれはなんだかほっとしながらも、高瀬の好きな人っていうのは、誰なんだろうかと考えていた。

 本当にそんな人いるのか。あの高瀬だぞ。

 さっき鈴木先輩が言っていたように、おれなのか?

 まさか、それは無いだろ。


 乙女心というものが良く理解できないおれは、高瀬の笑顔を見ながら頭の中をこんがらがらせていた。

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