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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校一年生編
17/98

高校一年生編(17)

 次鋒戦は審判が山縣やまがた先輩から桑島先輩に代わり、山縣先輩は紅組の次鋒として試合に臨んだ。

 結果は山縣先輩の圧勝だった。

 相手となった室谷むろや先輩という二年の男子剣道部員は、がっくりと肩を落として試合場を去っていった。


 中堅戦も終わり、現段階での勝敗は二勝一敗で紅組が優勢となっていた。

 次の副将戦でおれが対戦相手の鈴木先輩に勝てば、大将戦を待たずして紅組の勝利となる。


 紅白戦で負けた組は、体育館のモップ掛けが課せられるため、副将、大将戦辺りになってくると、妙な緊張感が漂ってきていた。


 鈴木先輩は気合い十分といった様子だった。

 勝てば次に繋げられるということもあるだろうし、一年のおれに負けるわけには行かないという気持ちもあるのだろう。


 正直、おれはこの鈴木先輩が苦手だ。

 もちろん、性格的な話ではなく、剣道のスタイルの話だ。

 力でガンガン押してくるタイプの鈴木先輩は無尽蔵のスタミナで、前に前に出続けてくる。大抵は、その攻めに対して鍔迫り合いになるのだが、鍔迫り合いでもそのパワーは発揮され圧倒されてしまうことも少なくはない。


 鈴木先輩の攻略法があるとするならば、先に攻め込んで鈴木先輩が持ち味を発揮する前に勝負をつけてしまうことだ。

 まあ、それが出来るのであれば苦労はしないのだが。


 体育館の中央に歩み寄り、お互い礼をする。

 もう、その時点で鈴木先輩の目は血走っていて、突進せんばかりの勢いを自分で何とか押さえ込んでいる様子だった。


「それでは、はじめっ」

 審判を務める山縣先輩の掛け声で試合がはじまった。


 おれは正眼に構えて、気合いの声を発した。

 そして、鈴木先輩に突進されないように、剣先に気を込めて威圧をする。

 

 鈴木先輩の剣先はリズムを取るように、小刻みに動いていた。

 その動きが止まった瞬間に、突進がはじまる。


 先に動いたのは、おれの方だった。

 大きく踏み込んで、左の小手を狙う。


 鈴木先輩は剣先の方向を変えて、受けの体勢に入る。


 変化。

 おれは剣先を跳ね上げていた。小手打ちから横面打ちへと竹刀の軌道を変える。


 避けれないと判断したのか、鈴木先輩は受けの体勢に入らずにそのまま前に出てきた。

 突進だ。


 鈴木先輩の身体がおれにぶつかるよりも前に、おれの横面が決まっていった。


 体に前からの衝撃を受けた。

 打ちの体勢に入っていたため、まともに鈴木先輩の突進を受けてしまった体は後ろに仰け反るようになってしまう。


「面あり、一本」

 山縣先輩の声が聞こえた時、おれの体は体育館の冷たい床に叩きつけられていた。


「鈴木くん、これは紅白戦なのよ。ちょっとやりすぎじゃない?」

 審判である山縣先輩が鈴木先輩に注意を促す。


「すまん」

 鈴木先輩は口の中でもごもごと呟くように言った。

 しかし、おれを見る鈴木先輩の血走った目は変わってはいなかった。


 一体、なんなんだ。どういうことなんだ。

 おれが鈴木先輩になにか悪いことでもしたか。


 おれは鈴木先輩のただならぬ様子に気づき、困惑した。

 先ほどの体当たりも、掃除当番になるのが嫌だからという勢いではない。

 横面が入った瞬間に足を止めて体がぶつかることを避けることもできたはずだ。

 なのに、鈴木先輩は体当たりの勢いを止めようとはしなかった。


 再び鈴木先輩と向かい合う。

 やはり目は血走っていた。


 面倒な事になる前に、さっさと終わらせてしまおう。

 おれは正眼に構えると、いつでも踏み込めるように下っ腹に力を入れた。


 鈴木先輩の構えは下段だった。

 誘っているわけではない。突進しやすいように下段に構えているのだ。


 おれはあえてその誘いに乗った。正眼の構えから上段に竹刀を振りかぶって、面打ちを狙い鈴木先輩の間合いに踏み込んでいく。


 面打ちは避けられて、鈴木先輩の肩へ竹刀がぶつかる。

 その瞬間、胴打ちを狙った鈴木先輩の竹刀がおれの脇へと伸びてくる。


 鈴木先輩の竹刀が胴に当たる。

 しかし、浅い。審判の山縣先輩も胴ありを認めない。


 突進が来る。

 今度は、おれも受けの準備が出来ていたため、鈴木先輩の竹刀を受け止める。


 鍔迫り合い。

 鈴木先輩の顔がすぐ近くにある。血走った目と食いしばる歯。

 じりじりと押される。

 やはりパワーでは敵わない。


 おれはふっと力を抜いた。

 それと同時に体を脇へ逃がす。

 いきなりおれが避けたせいで、鈴木先輩の体は支えを失ったかのように前のめりになる。完全に鈴木先輩は崩れていた。


 ちらりと見えたその顔には、やられたといった表情が浮かんでいた。

 おれの引き胴打ちが、綺麗に決まる。


「胴あり、一本!」

 体育館に山縣先輩の声が響き渡った。


「くそっ!」

 お互いに礼をしたあと、鈴木先輩はそう吐き捨てるように言うと、白組の待機場所へと引っ込んでいってしまった。


 何なんだ。おれ、なにか悪いことでもしたか。

 おれは去って行く鈴木先輩の後ろ姿を見送りながら、妙な後味の悪さを感じていた。


 紅白戦は、紅組の勝利で幕を閉じた。

 そして、剣道部の朝練習も終了する。

 朝練習が終わると、部員たちは一斉に更衣室へと駆け込んだ。

 あと、三〇分もすれば、一時間目の授業が始まってしまうからだ。


 更衣室にある簡易シャワーを順番で使い、制服に着替えると、みんな無駄なお喋りをしている暇もなく自分の教室へと向かった。

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