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吠えよ剣  作者: 大隅スミヲ
高校一年生編
14/98

高校一年生編(14)

 医者のいうことに間違いはなかった。


 十月に入ると、おれは松葉杖がなくても歩けるようにまでなっていた。

 まだ多少の違和感はあるものの、歩くスピードは怪我をする前と変わらないぐらいに戻っていている。


 身体が自由に動くようになった途端、おれの中で燻り続けていた剣道魂がようやく疼きはじめた。


 だが、いきなり部活に出るというのも不安があった。

 インターハイで怪我をしてから、まともな運動はリハビリ以外に何もしてこなかった。体力も落ちているだろうし、勘も鈍っているだろう。

 なによりも、体重がインターハイ前より五キロも増えている。


 おれはその不安を拭い去るために、部屋の隅に置きっぱなしになっていた竹刀を持ち出すと、家の庭で素振りを始めた。


 久しぶりに振る竹刀は、なんだか以前よりも重く感じられた。いままで、こんなものを何百、何千回と振っていたのかと思うと、よく振っていたものだと自分に感心してしまう。

 素振りは百回を越えたところで、やめにした。息が切れてしまったのだ。久しぶりに竹刀を手にとって、いきなり怪我をする前と同じような練習をするのは、さすがに無理だった。

 ここで頑張りすぎて、また動けない身体になってしまうのでは意味はなくなる。そんな言い訳を自分にしながら、おれは素振りの稽古を終わりにした。


 家での素振り稽古は、一週間続けた。一週間も経つと、ようやく体力にも自信がついてきて、部活に出ても他の部員たちの足手まといにはならないだろうと自分で思えるぐらいにはなった。


 そして、おれは剣道部への復帰を果たした。


 久しぶりに剣道部の練習に顔を出すと、剣道部員たちは体育館の中で活気に満ち溢れた練習を行っていた。


「やっときたか、花岡。みんな、お前が復帰するのを首を長くして待っていたんだぞ」

 体育館の端で胴を着けていると、顧問である小野先生がにこにこと笑いながら話し掛けて来た。普段は仏頂面で練習を見ている小野先生を知っているだけに、この変わりようにおれは妙な気持ち悪さを感じた。


 もう十月も半ばということもあって、三年生の先輩たちの姿はどこにもなかった。

 だけれども、その三年生たちがいないということを感じさせないぐらいに、剣道部は活気に溢れている。どうやら、部員も増えているようだ。


 いつの間にか増えた部員たちにおれが驚いていると、二年生の先輩が近づいてきた。


 その先輩はおれの肩に馴れ馴れしく手を置き、舌でゆっくりと唇を湿らせてから口を開いた。


「おひさ、花岡ちゃん。きょうから復帰とかしちゃうの?」

 色白の肌に綺麗に整えられた眉毛と筋の通った鼻。はっきりとした二重まぶたに妙な色気を携えた赤い唇。それでいて坊主頭にオネエ言葉というアンバランスさ。彼こそが剣道部主将であった河上先輩から主将の座を引き継いだ、現在の男子剣道部主将である桑島くわしま先輩である。


「愛しの河上先輩は引退しちゃったし、花岡ちゃんは怪我で休んじゃうしで、寂しかったんだからあ。もう休んだりしないでよね」

「はあ……」

「ちょっと、なによその冷めた目は。もう、休んでいる間に花岡ちゃん、冷たくなったあ」

 桑島先輩は調子に乗って、おれの首に腕を絡めてくる。


「あの、先輩……マジで勘弁してください」

 おれが本気で嫌がると、桑島先輩は拗ねたように唇を尖らせる。


「冗談よ、冗談。本気で嫌がらないでよね、傷つくでしょ。それよりも、小野先生の笑顔みた? 気持ち悪かったでしょ。なんでも部員が増えたことを校長先生から褒められたらしいのよ。でもね、部員が増えたのはあなたのお陰なのよ、花岡ちゃん。インターハイ準優勝効果ってやつよ」

「へえ、そうなんですか」

「なによ、他人事みたいに言っちゃって。増えたのは男子部員だけじゃないのよ。女子部員もなぜか増えたわけ。ほら、見てみなさいよ」

 おれは桑島先輩の細くしなやかな指が示した方向へと視線を向けた。


 そこには白袴を着けた女子剣道部員たちの姿があり、面をつけていない状態で抜き胴などの打ち込み稽古を行っていた。


「あの茶髪の子なんて、入ったのは一週間前ぐらいなのよ。ちょっとヤンキー入っている感じだけれども、早くも男子部員たちの注目の的になっているわ。しかもセンスあるのよねえ。見てみなさいよ、あの威勢のよさ」

 おれは桑島先輩の言葉を聞きながら、唖然としていた。


 桑島先輩のいう茶髪でちょっとヤンキーの入った女子というのは、紛れもなく高瀬さおりだった。


 おれの脳裏には一週間前の日曜日に来たメッセージのことが甦ってきていた。


『剣道ってさ、面白いの?』


 まさか本気だったのかよ。おれはてっきり興味本位で聞いてきただけだと思っていた。まさか、高瀬が本気で剣道をやろうと考えてあんなメッセージを送ってきたなんて誰が予想しただろうか。


 女子の練習を眺めていると、高瀬と目が合った。

 高瀬はおれに向かって、やんちゃな少年のような特大の笑顔を見せると、竹刀を構えなおして、威勢のいい抜き胴を相手の胴へと打ち込んでいった。


「もう、練習はできるのよね?」

 桑島先輩がおれの足を竹刀で小突きながらいう。

「はい。多分、大丈夫です。もし、違和感とか感じたら休憩を取らせてもらいますけど」

「わかったわ。でも、休憩を取るとかいいながら、練習に熱中しすぎて、夏の時みたいに休み無しで二時間も三時間もぶっ続けて稽古をするのは勘弁してちょうだいよね。あの時は、みんな花岡ちゃんの猛練習についていけずに脱落したんだから」

 桑島先輩は笑いながらいって、竹刀を持ち直すと練習をしている部員たちの輪へと戻って行った。


 あの時のおれは練習の鬼だった。

 一分一秒でも無駄にすることは許されず、ただひたすら練習に励んでいた。


 いまのおれは、どうだろうか。あの頃の様に、我武者羅に頑張れるだろうか。

 心の中で燻り続けているおれの剣道魂は、再びあの頃の様に燃え上がることがあるのだろうか。


 おれはそんな一抹の不安を抱きながらも、自分の竹刀を手に取り、他の部員たちが練習している輪へ向かって歩き始めた。

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