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私の話。  作者:
99/125

九十九編

 聞いた話。


 もしも恐怖を味わいたいのなら屋根裏を覗けばいい。地下室があるなら地下室を覗けばいい。耳を澄ませば聞こえるはずだ。目を凝らせば見えるはずだ。

 囁くような声が。闇に蠢く彼らの姿が。


 彼女の祖母の家は古い家だった。いつの時代からあるのか分からないが、とにかく家は古かった。電気を入れたのも母の生まれた時代のことで、その前は蝋燭の光りで夜を照らしていたのだという。

 窓ガラスなどという上等なものはない。だからか家の二階はとても暗く、窓を開けるか灯りを点けなければ完全な闇だった。


 その日、二階に彼女と彼女の弟が上がった。

 両親や祖父母は酔っ払って寝てしまっていた。酔った両親にどうすればいいのかと聞くと、どこかそこら辺で寝なさいといった。少し考えて彼女たちは二階で寝ることにした。押し入れに布団があったはずだと。

 二階は一階よりも安っぽい作りで、あまり使われていないのか部屋の隅には埃や長い髪の毛が落ちていた。

 二人は電気をつけて、押し入れから布団を出す。

 不意にトットットという音。すぐに彼女らはネズミの足音だと気がつく。穴の開いた隙間だらけの天井からチラチラと動く何かが見えた。都会では見ることのできない一瞬。

「今のネズミかな」

「そうかも」

 布団を敷き終わり、彼女たちは床についた。灯りを消すと真っ暗で何も見えなくなるため、オレンジ色の小さな光りは絶やさなかった。

 どこかで虫の鳴く声と草木が風になびかれる音が聞こえた。


 彼女が微睡(まどろ)んでいると、隣りの布団から弟が手を引いた。消えかけていた意識が戻り、何だろうと目を開く。

 トイレにでも行きたくなったのだろうか。

「なに……よお」

 次の瞬間、声を失った。

 天井の隙間から長い長い黒髪の束がすうっと弟に向かって垂れていた。髪の毛は首元にまとわりついている。

 弟は助けを求めるように歯をカチカチと震わせて姉の顔を見た。彼女は天井から何かがこちらを見つめているような気配を感じ、弟の手を強く握る。握るが今にもその手は消えてしまいそうだった。

 心臓の音が耳の中で音を散らす。隙間から白い何かが蠢くのだけが見える。弟の震えて汗ばむ手だけが肌を伝う。

 白い何かは天井の隙間に青白い指を差し込み、穴を広げる。ミシミシと、あるいはギリギリと音を立てながら天井の板が割れ、木くずや破片が布団に落ちた。そこで彼女は天井の穴や隙間は自然に開いたものではないのだと気がつき、戦慄した。

 アレがこじ開けたものなのだと。

「ふ……ぐうっ」

 それに気がついたところで状況は変わるわけでもなく、二人はただ嗚咽を漏らし続け、じっと互いの手を握り続けていた。

 彼女が逃げれば、弟はきっとアレにさらわれてしまう。声を上げれば弟が絞め殺されしまうかもしれない。

 だが、このままでは天井から這い出したアレに自分たちがどうにかされてしまう。

 バキバキと音を立てて、穴が広がっていく。

 真っ黒な天井から覗く、真っ青な顔が見える。どろりとした真っ黒な瞳が見える。長い髪の毛の根元が見える。

 もうダメだ。

 そう思った瞬間、髪の毛が天井に引いていった。弟は開放され、青白い何かは暗闇に溶けて消えていく。

 ダンダンダンという階段を駆ける音。灯りが点く。

 血相を変えた両親と祖父母だった。

「ふ、二人とも大丈夫!?」

 両親は二人を抱きしめた。

 母は怖い思いさせてごめんなさいと泣いた。祖父母は何度もよかったと呟いた。


「その後はただ怖くてずっと泣いてたっけ」

「それから祖母の家に行くことはなかったの?」

「あはは、頼まれたっていかないよ」

 彼女の目は笑っていなかった。

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