九十八編
私の話。
もしもモノに魂が宿るとして、扱いが正しいものであれば、それらは私達の言葉に答えてくれるのだろうか。
もしそうならば、そこに愛は生まれるのだろうか。
彼のことは先生と呼んでいた。そう呼ぶに相応しい人間だったし、何よりも見た目がそれっぽかった。
白髪の混じった頭に、深いシワの刻まれた柔和な顔立ち。
先生は人形を作るのが趣味だった。人形といっても縫いぐるみといった類のものではなく球体関節の人形だった。
先生の家にやってきた私はインターフォンを押した。家の裏にある工房には誰もいなかった。
待てども先生は現れない。私は先生の家に電話をかけた。
すぐに誰かが出た。
「あの……私ですが、先生」
「主人は今、手が離せないので少々お待ち下さい」
がちゃりと通話が切れた。怜悧な女性の声だった。
先生に妻はいなかったはずだった。娘も聞いたことがない。
少しぼうっと扉の前で考えていると先生が扉を開けた。トイレにいっていたのだと恥ずかしそうに笑う。
私が電話に出た人は誰ですか、と聞くと先生は不思議そうな顔した。
「わたししか家にはいないよ? 電話が掛かってきたのも知らないねえ」
私が電話に出た女性の話をすると、彼は少し考えるような顔で最近そんなこという人がたまいるんだといった。
イスに座り、私は微小を浮かべた彼女に挨拶。
唇は淡い桜色で肌は白く、髪の毛は真っ直ぐ伸びた黒。目尻の緩んだこげ茶色の瞳は真っ直ぐと私を捉えている。
着物姿の彼女。先生の作品。
「……あ、そうか」
「どうしたんだい?」
私はそこで気がついた。
恐れるだとか不思議だなという気持ちよりも、納得の側面が強かった。
何でもないですと先生にいって、私は彼女に微笑んだ。
ごめんなさい、ホントはめちゃめちゃビビってました。