九十六編
私の話。
コレクターはコレクター同士の繋がりによって友人を得る。
彼女とはそんなコレクター同士の繋がりで会った。
婦人は時計コレクターだった。世界中の珍しい時計を集めて、それを愛でていた。
彼女の家の壁には世界中の時計が飾られていて、規則的ながらも不規則にそれぞれがカチコチと音を奏でていた。
時計の美醜や価値などこれっぽちも分からなかった私だが、時計の音色に包まれる生活は素直に羨ましいと思った。心臓の鼓動のように鳴り続ける時計の調べは心地よく、美しいと思った。
「そう思うことが一番大切なのよ」
そういって婦人は笑った。
その日は婦人の一番の宝物を見せてもらう約束だった。テーブルに置かれた上品なカップにお茶が注がれ、ほんのりとバターの香るクッキーが運ばれる。
その日は不思議なことに部屋中の時計が止められていた。何故かと私が聞くと婦人は嬉しそうにいった。
「この時計の音を記憶に刻みつけてほしいから、今日は特別」
そういい、彼女は小さな箱に入った懐中時計を取り出した。全体は銀色で、ありふれたものに見える。
彼女がぜんまいを巻く。私はそれを眺めながらその時計は価値のあるものなのですか、と聞いた。
「この部屋に飾られたどの時計よりも価値があるわよ」
私は婦人のコレクションの価値を聞いていただけに内心怖気づいた。そんなものを私なんかが見せてもらってもいいのだろうかと。
ぜんまいの巻き終わった時計が差し出される。私は手汗をジーンズで拭い、恐る恐る受け取った。まずは耳に当てて歯車の音を聞く。カチコチという心地よい音。
「どんな音?」
「落ち着く音です」
彼女は何故かその答えに笑った。
次に蓋を開けて秒針が進むのを眺めた。大きく見やすい文字盤。蓋の裏には何かの文字が刻印されているが年代物のせいか酷く読みづらい。
「針の進み具合はどう?」
「普通ですよ?」
また笑う。
私は蓋をパチンと閉め、婦人に返した。彼女はそれを待っていましたと言わんばかりに受け取り、どこから出したのか小さなマイナスドライバーで文字盤を取り外した。
文字盤の外された時計を彼女は私に見せる。
「…………え?」
「もうね、私には聞こえないし、針の動きも見えない。でも、買って良かったと思うわ」
文字盤の下には本来あるべきはずの歯車がなかった。中身は空洞。
それだけで動くわけはない。
でも確かに音が聞こえて、針が進むのを私は見たはずだった。
婦人曰く、最初しか音は聞けず、最初しか針が進むのをみることができない不思議な時計なのだという。
「直そうと思えばすぐにでもできるけど、そうするには勿体無いと思わない? あなたなら分かるんじゃないかしら」
満足気な表情で彼女は口元にカップを運んだ。