九編
聞いた話。
恐怖は基本的に二つに分けられるように思う。
死の臭いをさせる恐ろしさ。どんな理を持ってしても理解できないだろうという恐ろしさ。
前者はある程度起承転結がはっきりしている。故に結果が見えてしまい恐ろしい。
後者は何一つ理解することが許されない恐怖。
人は必ずしも理由を求め、どこかに安心を求める。
この話は理解できない分類だと私は思う。
彼はバス通学だった。
寝坊してしまった彼は飛び起きると朝食も忘れ、家を飛び出した。バスの時間に遅れまいと静かな早朝を駆ける。
早朝だからか辺りに人は一人もいない。ただ冷たい空気は肺の熱を溶かし、喉を乾かせる。なんとかバス停にたどり着くがまだバスは来ていなかった。
ほっと胸を撫で下ろし、彼はベンチにへたれ込む。そして辺りを眺めた。そこで不思議なことに気がついた。
「最初はそんなことに気づいても、だから? って感じだったんだけどさ」
歩く人々は傘を差している。
小学生は嬉しそうに長靴で歩き、それ以外のものは恨めしそうに空を睨んでいる。
雨が降り始めたのか。
そう思った瞬間、静寂は破られ、まるで止まっていた時間が動き出したかのように空気がザアザアとざわめき出した。コンクリートの地面は雨によって黒く濡れ、排水溝は雨水で溢れている。行きかう車は激しくウインカーを動かし、道路の水をはねた。
自分が走っていた時は確かに雨は振っておらず、道も乾いていたはずだった。自分は一滴も濡れていない。
なのにも関わらず、辺りは一時間以上前から土砂降りだったかのように濡れ続けていた。
「あの日ばかりは宗教でも何でも信じれそうだったよ」
そういって彼は笑った。