八十七編
私の話。
魔法があったら素晴らしいと思う。
学問としての魔法を何度か勉強したことはあるが、あれは私のような心の弱いものには学ぶ意味のないものだった。
超常の力を使うという老婆にあったことがある。
彼女は随分とファンキーな格好をした女性で、ジーンズを履いたその様はどこかサイケデリックな雰囲気だった。
案内された部屋の床にはよくわからない幾何学模様が記されていて、部屋には香の匂いが漂っていた。私と老婆は中央へ進み、対面し合う木製の古いイスに座ると、互いの両手を掴んだ。
目を瞑りながら他愛ない会話をした。恋人はいるのかといった話から好きな食べ物はといった、くだらない事までいろいろなことを話した。
ある時、急に老婆はいった。
「あなたは飛べる」
私は笑いながら飛べないといったと思う。
「力を抜いて、飛べると思ってごらん」
私は少し黙って体の力を抜いた。握る手も緩め、最低限の力のみを体に残した。
少しすると老婆の手が徐々にしたへと下がっていった。地が足から遠ざかり、体が平衡を保てなくなる。
「落ち着いて。バランスを取ろうとするんじゃなくてね、それは当たり前だと思えばいいのよ」
私は怖くなって目を開けた。開けた瞬間、イスは床にその身を強く打ちつけ、私はバランスを崩して床に倒れた。
「飛べたでしょ?」
彼女は老獪な笑みを浮かべてそういった。
その後、何度かそれを試したがその日はもう成功しなかった。
催眠術だったり、何かのトリックだったのかもしれない。それに飛べたとしてもほんの十センチほどだったと思う。
でも、そうだったとしても私はもう一度あの感覚を味わいたい。




