八編
私の話。
ふと思い返すと不思議な思い出というものは案外誰しも持っているものなのだと気づかされる。
かくいう私も平々凡々と生きてきたがこれほどにも変わった話を持っている。
みな“分からないから”という理由で忘れていくのだ。それは意識、無意識に関わらず起るものだと思う。
それはきっと心に負う衝撃が強すぎるから。
次の話もそういったものだ。
私は最初、何故この話を忘れていたのか分からなかった。
幼かった私はその日、母方の祖母の家に来ていた。そこは家々が離れ、田園が広がったのどかな場所だった。
過去に合戦があったらしく、その土地では毎年五月に火縄銃の催しが行われる祭りがあった。
何故か私は山のふもとを歩いていた。真横には幼い私の背丈以上の草木が伸び並び、反対には水を張ったばかりの田んぼが見える。そこから祖母の家も遠目ながらも見ることが出来た。
私が歩いているとシャンという鈴の音がした。それはある一定のテンポで鳴らされていたように思う。何を思ったのか私はその音に驚き、草むらに隠れた。それは子供の持つ本能的なものだったのかもしれない。
身を縮め、じっと息を潜めていると頭に傘を被った白装束の行脚が通った。数は二人だったように思うし、それ以上だったようにも思える。
ゆっくりと歩く行脚は、短い棒の先に小さな鈴がいくつもついたものを手に持っていた。
今思えばあれは神ごとなどに使う神楽鈴だ。
またシャンという音。
鈴を持つ指は五本で肌色だったが、明らかに顔は人のそれと違った。目元は見えないが口と鼻が前に伸びているのだ。それはまるで獣のように。
それを見た私はより強く彼らに気づかれないようにと祈った。すると一人が私の前で止まり、被っていた傘を少し持ち上げた。私は目が合い、息を止める。
それは真っ白な狐だった。瞳は暗く輝く金色。白く長い口がきゅうっと持ち上がる。
笑っているのだ。興味深い、とでも言いたげに。
私はだらだらと汗を流し、体が縮み上がるのを肌で感じた。
次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
その後、何があったかは覚えていない。