七十二編
私の話。
見えるとして、その世界は私の見える世界とどう違うのだろうか。
ほんの少しだけ見てみたい気もする。
彼女の運転する軽自動車に私は乗っていた。彼女は嬉しそうにいう。
「あ、霊柩車だ」
片側二車線の道路を金色に光る霊柩車が止まった。私たちの車もそれに合わせるように止まった。信号待ちだった。
私は親指を隠すというのはどういう時だっただろうかと、はやりの歌謡曲を背景にぼんやり考えた。
信号が青になり、彼女がまたいう。
「しかも、忌蛍ついてる」
「いみぼたる?」
「えっ、そういうの知らない? 生きてる時にろくな事しない人は忌蛍がつくっていうの……」
「そもそも蛍が見えないけど」
「そう?」
昼の光のためか蛍は見えない。彼女は光っているというが私には見えない。
「忌蛍って別に死んだ時じゃなくてもさ、見れるもんだよ。ほら、一見普通の人に見えるけど、なんか嫌な感じしたり、この人は良くない人だって気がつくときあるじゃない。それって忌蛍が光ってるからなんだよ」
きっと見える人には見え、感じ取れる人には感じ取れるものなのだろう。
少し沈黙したあと、私はそういった類のものはよく見えるのかと聞いた。
「うん、よく見る。そこにもあそこにも、君の周りにもいつもついてる」
少し遠い目をする彼女の透き通った瞳が少し恐ろしかった。