七十一編
聞いた話。
常にあるのは過去のみ。未来におけるものなんて、この世にはない。
全ては過去からやってくる。
彼は友達と蝉を取りに山の麓の森に来ていた。気温は高いながらも森は常に心地よい風が吹き、過ごしやすかった。蝉を採り終える頃にはすっかり辺りは夕焼け色に染まり。森は闇に飲まれつつあった。
帰り道、草木の生い茂る森の中にぽつりと赤錆の浮いた緑色のバスを見つけた。ツタが絡み、ガラスはぼやけ、重い扉の向こう側は乾いた熱気が篭っていた。
腐りかけのイスに彼は腰を下ろし、友人は運転席に座る。
「すげえの見つけたな。また明日来ようぜ」
「秘密基地だな」
車内に篭るそんな子供らしい会話。
お調子者の友人は運転席で声色を変えて言った。
「あー、次は○○駅ぃ」
「それは電車だろ」
ひとしきり冗談で笑い合ったあと、日も暮れてきたことも重なり、そろそろ帰ろうという話になった。荷物を持ち、ドアに手を掛けた。
開かない。何かが押さえつけているような違和感。
不意にエンジン音が鳴り、車のライトがパアっと明るく光る。ゆっくりとタイヤは動き、森の中を這って歩くような速度で進み始めた。
のろのろと進む景色に慌てふためきながら、彼らは何度も執拗に扉を開けようと試みた。体をぶつけようにも、窓を開こうにも、どれもその口を固く閉じ、車内から出ることを許さない。
「あ、開かない」
「やばいよ、どうしよう!」
「お、お、降りる! 降ります! おりまーすっ!」
「俺もおりますおります!」
その言葉に扉はあっさりと開き、彼らは転げ落ちるように車内を飛び出した。
一度も振り返らず、二人は走った。
「あの時は怖かったけど、今思うと少し悲しい気がする」
男はどこか遠い目でそういった。