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私の話。  作者:
7/125

七編

 聞いた話。

 

 父の地元の近所に住む彼は寡黙な男だった。

 彼、といっても私が会った頃、もうその男性は還暦間近だった。父の友人の父親で、角刈りの頭は白髪が混じり、私が会うときは決まって酒を飲んで顔を赤くさせていた。

 身長はお世辞にも高いとはいえなかったが体はがっしりとしていて、目の奥は力強い輝きがあった。

 彼は猟師だった。つまり山に入り、銃で獣を撃ち生計を立てていたわけだ。

 “だった”というのは既に過去形のことで、私が彼と出会った頃には既に猟師ではなかった。

 失礼かとも思ったが私は以前、彼に何故猟師を辞めたのかと聞いたことがある。

「いやぁな、もう俺も歳だし……何より○○がいねえからなぁ」

 彼は何かの名前を口にしたと思うと、手に持ったワンカップをぐっと煽った。

 酒の力を借りながら彼はゆっくりと語った。

 

 その日は空が青く、秋らしくない暖かい風が吹いていた。彼は猟犬の白い犬と一緒にいつものように狩に出かけた。その日はいやに好調で、大量の獲物が取れた。

 いつものように小高い丘に座り、愛犬と一緒に景色を眺める。本来ならそこで家に帰る予定なのだが、そこで魔が刺した。

 もっともっと獲物を取ろうと。

 本来猟師にはある一定の獲物以上は取らないという暗黙の了解がある。それを彼は知っていて破ったのだ。

 山を進み、撃つ。そして進み、また撃つ。

 そんなことをしていたら、いつの間にか深いところにまで来てしまったらしく、自分の居場所が分からない。それ以上進めば確実に迷子になるかもしれなかった。

 だが自分には愛犬がいるし、食料もある。多分大丈夫だろうと高を括った彼は、愛犬が嫌がるのを無視して深い森の中へと進んだ。森の奥深くは底冷えする寒さがあり、夜のように薄暗かった。

 肝心の獣の気配はない。

 彼は自分の選択が失敗だったと思った。とにかく何処か明るいところで一休みしたいと足を動かす。

 森の向こう側がふわりと明るい。彼はいつの間にか山の麓までたどり着いていたのだろうかと首を傾げた。


 それにしては様子が変だ。

 光りの方向は一本道の(ほり)になっている。辺りの土の壁が下るごとにどんどん高くなっていくというのに、明るくなるということに彼は不安を覚えた。

 まるで地面の割れ目に落ちて行くかのような恐怖。犬は小さく唸りながら耳を伏せ、前へと進みまいと踏ん張るのをどうにかしてそこへいく。

 目の前に広がるのは丸く開けた場所。平たい地面が顔を覗かせていて、天上から黄色い光が差し込んでいた。

「猟師のルールっちゅうのは意味があるんだなぁと俺はその時知ったよ」

 そこには誰かがいた。

 誰かは彼には分からない。しかしそれは一目で分かるほど上等な着物を着ていた。

 顔にはお面。耳元まで赤く裂けた狐の面。

 どこからか聞こえるお囃子(はやし)の音と共に面をつけたそれは刀を持ってくるくると踊る。

 彼はすぐにそれの演舞は自分のやったことを再現しているのだと思った。多く殺しすぎたから山の神様が怒っているのだと。

 彼はそれに釘付けになり動けなくなった。

「あれが続くとな、青かった葉っぱの色がよ、どんどん変わってくんだ。こう……じわーっとな」

 彼は演舞の終わりに自分は死ぬのだと思った。あの剣に刺されて死ぬ。そう思った。

 だがその時、愛犬が力強く吼えた。その咆哮にお囃子の音が消え、同時に張り詰めていた緊張が解けた。

 しかし、紅葉は勢いを増して彼の元に忍び寄る。

 捕らえようと。逃がしまいと。

 彼は無我夢中で走った。後ろを一切振り向かず一心不乱に走った。

 獲物は全て置き去りにして、転げ落ちるように山を下り、家に帰った。

 

 愛犬はその時に失ったといった。

「ありゃ、あそこで俺の身代わりになってくれたんだろうなぁ……」

 彼はそういってカップを眺め、手を振るわせた。

 その日から彼は猟師を辞めたという。

 

 私は彼の言う「秋が始まる場所」という言葉がとても印象的だった。

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