六十六編
私の話。
どんなところにでも変わり者はいる。
では普通の者はどこにでもいるのか。
変わり者は本当は変わり者ではないのかもしれない。
近所、というには少々遠い公民館には白い髭を蓄えた老人がいた。頭はハゲ上がっていて仙人のような杖にグレーの中折れ帽子、薄い生地の着物。
彼はよくワインカラーの固いソファに座って、窓から見える景色やテレビをぼうっと眺めていた。幼い私はよく絵本を読むためにその公民館へ訪れていた。
彼は去り際になるといつもサイコロを二つ、ガラステーブルに投げて明日の天気を当てていた。
「明日は曇りか」
そう一言いうと白い髭を触り、どこかに歩いていく。次の日は本当に曇りになった。
ある日、私は勇気を出して彼に声を掛けた。
「どうやっておじいさんは天気を当てているんですか」
そう聞くと老人は白く健康的な歯を見せて笑った。
「当てているんじゃなくて、わしが天気を決めてるんだよ」
私は快晴の空を指さして、じゃあ今すぐ雨にしてという。すると彼はわざとらしく眉にシワを寄せて肩をすくめた。
「雨はたくさん力がいるから、今すぐには出せんよ」
「……そうですか」
大人のイイワケだ。
内心、幻滅した私は教えてくれてありがとうございましたと頭を下げた。それを見て彼は妙に馴れ馴れしい口調で礼儀の正しい子だねといった。
公民館から家に向かって自転車をこいでいる途中、急に天気が変わった。そして叩きつけるような雨。温い雨がボトボトと私の服を濡らす。
私は頭の中であの老獪な笑みを思い出して身震いした。内心、馬鹿にしていたのを見透かされたかのような気持ちだった。
それ以来、私はあの公民館に行っていないが、今彼はどうしているのだろう。
まだどこかでサイコロを振っているのだろうか。