六十五編
私の話。
私はあまり怪談を人に話したりはしない。
その場所にいってみようとする人が後を絶たないし、面白半分でそこに行かれると何か自分の神聖な場所を汚されたような気持ちになるからだ。
いや、案外自分だけが知っている“不思議な場所”に優越感のようなものを感じているのだけなのかもしれない。
明け方だというのに雰囲気はどこか暗く、不気味な場所だった。
元々旧道は古いトンネルやら、地元の人間しか知らないような道があったのは知っていたが、そんな場所があるとは思わなかった。
山の集落とでもいいたげな場所。人気のない自然の中に不自然に存在している人工的なそれ。
その時は私を含めて三人いた。学校の先輩とその友人に私。
何故、新しい方のトンネルを通らず暗くカビ臭い旧道に向かったかは覚えていない。ただ退屈からそんなことをしたように思う。
鬱蒼とした広葉樹の道を川沿いに進むと、ぽっかりとひらけた場所に出た。そこには左右合わせて五つの白い家があり、屋根の瓦はギトギトとした原色のペンキに塗られていた。赤と青と黄色と緑と黒の屋根。
壁はどれも白く、そして朽ち果てていた。ガラスは割れているものもあれば割れていないものもある。どの家も何故か表札が故意に削られているか剥ぎ取られていた。
先輩たちは不気味な場所ながらも色めき立ち、携帯のカメラで写真を撮ったりしていた。私は雨上がりの独特な山の匂いを胸一杯に吸って、その中にある何かを感じとろうとした。
危険な場所は危険な匂いがする。
割愛しておくが私は以前、これであるものを見つけたことがあった。
それらしき匂いはしない。ただ塗料のような、人工物が腐っていくような廃屋独特の臭いがした。
先輩たちは随時メールを別の誰かに送りながら家の中に足を踏み入れ、大きな声で笑っていた。私は内心、入ることには抵抗があったのだが、空気を読んで彼女たちについていった。
ゴツゴツと靴が床を叩く音だけが響く。
家の中は人らしい何かが欠けていた。家具はなく、陥没した床や無理やり剥がされたような壁紙の跡があるだけだったが、私にはそれが理性のなさを表現しているようで気味が悪かった。
朽ち果ててから私達以外の人間が入ったような痕跡は見当たらなかった。
しばらくそんなことを続けていると先輩の友人がキャラクターものの目覚まし時計を見つけた。子供向けのためかピンク色で、汚れらしい汚れはない。
私は叫ぶようにいった。
「帰りましょう。これは異常です」
私の声が聞こえていないのか彼女たちは面白がってそれを「持って帰ろう」といった。私は先輩たちと自分の温度差のようなものを感じて苛立った。そしてゆっくりと分り易く説明した。
こんな山奥の廃屋に綺麗な時計が存在していることはおかしいと。
まだ時計の針が動いているということは異常だと。
彼女たちはその異常なことに気がついていないのか「えー? だから何? いいじゃん、面白そうだし」と笑った。
瞬間、狙ったかのように目覚ましのベルが鳴った。ジリジリと鐘を叩いて、震える。
「わっ!」
それを持っていた友人の方は咄嗟に時計を投げ捨て、沈黙した。
誰がその時計のタイマーをセットしたのだろう。
ジリジリと時計が鳴り響く中、そんな疑問が私達を包んだ。周りの森がそれを笑っているかのようにざわざわと風に揺れる。
「……か、帰ろっか」
先輩がそういい、私達は無言でそれに従った。
森の中に入る途中で鳴り続けていたはずのベルの音が唐突に聞こえなくなったが、私達はあえてそれを口に出さなかった。
いや、気づいたのは私だけだったのかもしれない。
ただ、音が消えたのは確かだった。