六十一編
聞いた話。
空洞というものは何か不思議な気持ちにさせる。
壁と壁の間にあるほんの数十センチの隙間であっても何か違和感を覚えることがある。
そこに何か別の何かや別の世界が広がっているのではないだろうか、と。
中学時代の彼女はバスケ部のマネージャーをしていた。
先輩マネージャーは新人の彼女に仕事を任せるとランニングに出た部員たちのところへ出て行った。彼女はその間に得点表を片付けたり、ボールの圧を調整をしていた。
不意にどこからかドンっと床を強く叩く音。彼女は体育館に別の人がまだ残っていたのだろうかと振り向いた。しかし、当然誰もいない。
その日はバレー部が休みということもあり、いつも騒がしいはずの室内はどこか寂しげだった。
またドンという音。
どこから鳴っているのだろうかと耳を研ぎ澄ます。今度は二回、ドンドンという音。
どうやら室内の隅から音がしているようだとあたりのつけた彼女はそこまで近寄った。またドンという音。
「床の下……?」
明らかに床の下から聞こえている。ふいに彼女は嫌な感じを覚えた。
ほんの少しだけ広いはずの空間がとてつもなく広く感じた。壁が遙か遠くにあるようなそんな違和感。
離れよう。
離れて、先輩たちのところに行こう。
そう思った瞬間、床下の音は割れ鐘の如く鳴り響き、何度も何度も執拗に大きな音を立てた。
彼女は分かった。
床の下、出入口のない床下に何かがいて、こちら側をノックしているのだと。強く叩いているのだと。
そこから出口に向かって走った。走ると音もドンドンドンと音を続けながら彼女を追った。
次の日、彼女は退部届を出した。
「一番怖いのは先輩マネよね。絶対知らない訳ないのに私を一人にさせてるんだもん。最初から辞めさせようって思ってたんじゃないのかな、あれ」
笑いながら彼女はそういった。