五十四編
私の話。
いままで記してきた話は比較的、話していいものだと思って私は書いている。
しかし、中にはボツにした話しも多い。
文章にするとつまらなかったり、ありきたりすぎる話しだったりするものは成るべく避けている。だが中にはこれは書いてはいけないだろうと思って書かない話しもある。
許しをもらってこれを書くが、やはり書いていいものかどうか悩んだ。
ある知人のお願いで年配の女性のところへ友人と行かされた。
彼女は見えるという質の人で、私とたまにそういう場所に行くことがある。
その年配の方は恰幅のいい女性で、パーマが掛かった頭はいかにも専業主婦といった感じだった。
家に着くと直ぐに、寝たきりだった祖父の霊が夜に家を歩き回っていて困っているという話しを私達は聞かされた。半ば冗談めかして説明するその表情も、よく見れば疲れが見えていてあまり寝れていないのが分かった。
全ての話しを聞き終わった私は友人に「どう?」と一言聞いた。ソッチの類のものではない、ということはあるに比べて明らかに多いからだ。
彼女は私に視線を合わせることなく、いつものように含み笑いを見せながらただ一言いった。
「人殺し」
「えっ?」
そう言い切ると彼女は席を立ち、帰ると私に言って玄関に向かった。慌てながらも私は彼女に合わせて席を立ち、軽くお辞儀をして家を出た。
帰りは二人とも無言だった。
私もそこまで馬鹿ではない。彼女のいう“人殺し”の意味も遅まきながら理解できていた。
だから私は彼女に質問しなかったし、彼女がいつものように冗談を言わなかったのも疑問に思わなかった。
ただ私はあの女性の奇妙に怯えた表情を一生忘れることはできないのだろうと思った。
本当は紹介者もその場にいましたが面倒なので描写なし。