五十三編
聞いた話。
神は人に……というよりも個人に干渉してはいけないという。
それは一度でも干渉してしまうと、絶えず人は救いを求めてしまい、堕落してしまうからだそうだ。
ならばこの神は良くない神だったのかもしれない。
彼は兄と地元の大きな祭りに来ていた。立ち並ぶ夜店に彼ははしゃぎ、そして迷子になった。流れてゆく人々は、小さな少年に何の感慨も抱かず進んで行く。
彼は泣きたくなるも、それすら許されないような気がして、ただ呆然とそこに立ちすくんだ。
呆然と俯いている彼に奇妙な男が声を掛けた。
「どうした、わっぱ」
紺色の着物を着たその男は丸々と太っていて、その大きな体躯には似合わない小さなお面を着けていた。くすんだ土色でどこか辛辣そうな男の面。幼な心にもあせた色合いと細かな傷にお面の古さがよく分かった。
彼が辿々(たどたど)しい言葉で自分の状況を説明すると、男は無言で彼の手を取り、人ごみを進んだ。
普通なら悲鳴を上げるなり拒絶しそうなものだが、不思議と不信感や恐ろしさは感じなかった。また、奇妙なことに人々は無意識のうちに男に道を譲っているようだった。
暫く道を進むと会場を運営しているらしきテントが見えた。御堂の側にそのテントがあり、そこでは少年の兄が神妙そうな面持ちで老人に何かを説明している。
彼は兄に向かって走り、自分の無事を知らせた。兄は怒りながらも安心し、老人はよかったと微笑んだ。
彼は太った男に助けてもらったことを説明しながら、振り向く。
「あのおじさんが……」
男の姿はどこにもなかった。ものの十秒もしないうちに男は彼の目の前から消え失せていた。
必死に説明をする彼の話を横で聞いていた老人は腕を組みながら老獪な笑い声を上げた。
「まあた、主さまは抜け出しやがったか。あん人は祭り好きで子供好きだからなぁ……しょうがねえや」
どういうことだろうと思っていると老人は御堂を指差し、覗いてごらんと笑った。
「……あっ」
御堂の中心には男がしていたものと同じお面が丁重に祀られていたという。