五十二編
私の話。
言葉には意味がある。音にも意味がある。
ではたまたま録音されたその音にはどんな意味があるのだろう。
彼は取得したばかりの免許を自慢したかったのだろう。私をドライブに行こうと誘ってくれた。
毎日退屈な日々を送っていた私はそれを快く了解し、息も凍りつくような寒さの中、夜のドライブへと向かうことにした。
シートは固く、中古車特有の独特な臭いが鼻につく車内で世間話をしていた私達の空気は、だんだんと心霊関係の話へと変わっていった。
基本的に私の話す内容に彼が相槌をうち、最後に感想をいうといった形だったのだが、ある時彼が奇妙なことを聞いた。
「音楽の中によく人の声が入ってるって話あるじゃん? それ、聞きたくない?」
横で運転している彼の視線は真っ直ぐとヘッドライトが照らす暗闇を見ていて、口元は小さくほくそ笑んでいた。
聞いてみたいというと彼は最初から用意していたのか、私に車内に置かれた一枚のMDをカーステレオにかけるようにいった。それは黄色く、よく分からない英語が表面にプリントされていた。
ディスクを入れ、曲を再生すると何かの音楽が途中から始まった。サビの部分らしく盛り上がっている。
「この後の部分のな……」
彼は先程までとは打って変わって饒舌に話を始めた。曲と曲の間に聞こえる奇妙な声をわざわざ丁寧に教えてくれたのだ。
それは古い曲だったり、新しい曲だったり、誰でも知っているような歌手の歌だったりするが、確かに何か奇妙な音が曲と曲の間、あるいは曲のどこかに挟まれていた。
「死にたい」
「いきたかった」
「たすけて」
ネガティブな言葉やただの悲鳴、うめき声。
最初こそ、本当に聞こえたという喜びがあったのだが、だんだんとそれは薄気味悪いものになり、私の全身に奇妙な怖気を走らせた。
彼は私がすっかりと意気消沈したのを見て、嬉しそうに笑い、カーステレオの停止ボタンを押した。
「こういうのって本当かどうか分からないけどさ……あれ?」
音は止まらなかった。
彼はもう一度停止ボタンを押す。しかし止まらない。
何故か音が大きくなっていく。私はただバックミラーで車内を見るのが恐ろしくて目を瞑ってそれに耐えていた。
だからそれも彼の演出なのだと思った。
不意に。
そう不意に音がブツンと鳴ったかと思うと曲は急にどこかのトラックに飛び、心霊部分の「ワタシ……」の部分を何度も何度も繰り返した。「ワタシシシシシシシ……」と何度も何度も繰り返した。
少女のような、少女でないようなそんな声がただひたすらに“死死死死死”と呟き続ける。私がもう止めてくれと半ば叫ぶようにしていうと、彼は戸惑ったようにワケが分からないと呟き、車を路上に止めた。
車が停止するのと同時にその呪詛のような言葉も停止し、ディスクがゆっくりとカーステレオから吐き出される。
「なんだったんだ……?」
そういって彼はディスクを手に取った。
引きつるような悲鳴を上げた。
車内のオレンジ色の明かりの元、彼の膝に落ちたディスクを覗いた。
プラスチックの四角いケースが何かに押し潰されたかのようにひび割れていた。
私はその日、二度と彼の車には乗らないと誓った。