四十八編
聞いた話。
もしも自分の後ろに目があったとしたら、脳はどのようにその景色を映し出すのだろうと考える事がある。
犬は匂いを、蛇は熱を見ることができる。それは私達の“ミル”とは端から違うのだろう.
想像すると少し不思議な気持ちになる。
私は動物にそういうものが見えたしても、なんら不思議に思わない。
犬の散歩中、彼女は河川敷を歩いていた。緩やかな勾配になっていて、近くで子どもたちが野球をしている。
風になびかれながら芝に広がるタンポポを眺めつつ歩いていると紐に違和感を感じた。
横を見ると犬が牙を抜き出しにして宙を睨んでいる。彼女は犬の名前を呼ぶが、警戒を解こうとしない。ただ強く唸り、警戒していた。
なんだろうと首を傾げていると、不意に野球ボールが飛んできた。すみません、そんな子供の声が聞こえる。
不思議なことにボールは彼女の目の前でボンっと音を立てて、真っ直ぐ地面に転がった。まるで見えない壁に当たったかのようなそんな手応え。
そこで彼女は自分の透明の何かがいるのだということに気がついた。愛犬はそれを恐れていたのだと。
ぐっぐっぐっぐっ。
そんな喉から搾り出すような声が聞こえた。生暖かい息が頬をかすめる。
得体の知れないそれに彼女はブルブルと震えた。視線のような圧迫感。
気がつけばそれは目の前から消えていた。
今でもあれは何だったのか分からないと彼女はいう。