四十七編
私の話。
私は人形が恐ろしい。
それに恐怖を感じる理由はトラウマ的なものもあるのだが、一番の理由は人間を模倣しているが故に自我があるように見えてしまう点にある。つまり、生きているように見えてしまう。感情があるように見えてしまう。命が、魂があるように見えてしまう。
それ故に恐ろしい。
命が……自我がないようなフリをしているのではないか、と。
ある人物が私に人形を見せてくれた。見事な赤い着物を着た芸者の人形で、艶やかな髪が美しかった。黒曜石のような黒い瞳はどの角度から見ても私を見ているような気がして、少し不気味にも思えた。
その場には私の友人でもあり、自称“見える”という女性も同席していた。
人形の主人はある日、出所の分からないそれを私に鑑定して欲しいといった。私は霊能力者でもないし、人形の専門家でもなくただそういう話に詳しいだけだと断った。そのお詫び、というわけでもないが彼女を紹介した。
彼女は私がその場に同席することを条件にその鑑定を請け負った。
何故私が一緒でないといけないのかと聞くと彼女はこういった。
「知らない人と話すと気まずいってのもあるけど、人形はさ、見てる人が多い方が変なことしないんだよ」
意味深な言葉に私は内心怯えた。
横の彼女は相変わらずニコニコ笑い、持ち主との会話に花を咲かせている。
その彼女の様子に、何もないのかという若干の失望を感じながら私は人形に手を向けた。違う角度でも見ようと思ったのだ。
すると横の彼女が笑いながら私の手首を掴んでそれを止めた。視線が交差する。
「罰を貰うよ」
意味が分からなかった。私は半笑いになりながら持ち主を見た。
何をいってるんでしょうね、この子は。
そんな意味合いを含めたつもりだった。
持ち主は笑っていなかった。私の視線に思い出し方のように笑みを浮かべたが、それは些か遅く、薄笑いのようなチグハグで不気味なものにしかならなかった。
「はは、やっぱりですか」
どこか開き直るように彼は笑い、立ち上がる。私がどういうことかと聞くのも無視して人形を掴み、机に叩きつけた。
バンっと強い音がして人形の首と手足が宙を舞う。体は着物の中でくの字に折れ、首と手のない不気味な人形がテーブルに転がった。
サラサラとチョークの粉のようなものが人形から零れる。
その後、直ぐに彼女を紹介したことを感謝された。そして一人で考えたいことがあると言われ、半ば強制的に家を追い出された。
砕けた人形の首は見つからなかった。
「あれ、人の灰だと思う」
彼女はそれだけをいうと、いつものように笑い、冗談を重ねた。
その人形がどうなったのか、持ち主が今どうしているのかは知らない。