四十三編
聞いた話。
物は思い出を記憶するという人がいる。
SF的な言い方をすれば一種の外部記憶装置ということなのだろうか。
祖母は名家に生まれた。
しかし、祖母の生まれた頃は戦争で国中が飢えていた。兄弟も多かったということもあって名家らしい裕福な暮らしは一切なかった。
そんな若い頃の祖母の遊びはもっぱら蔵漁りだった。中には見たことのない巻物や人形、着物のなどがあって見ているだけでヒマを潰すことができた。
それらの変わった品々も生活が苦しくなると闇市に消えていく。
ある日、すっかり寂しくなった蔵を漁っていると奇妙なものを見つけた。黒い漆で塗られていて、形はローマ字のHを横にしたような形。
祖母はそれを自分の母親に昔の枕だと教えてもらった。昔の人間は髪形が崩れない様にするためにそんな形の枕を使っていたのだと。
本当にこんなもので寝ることができたのだろうかと彼女はその夜、蔵から引っ張り出した枕で寝てみることにした。
不思議なことに頭をおいて直ぐ、瞼が落ちてゆく。耐え難い眠気。
そこで奇妙な夢をみた。
酷く音がない。そもそも音という概念がどこにも存在しないかのような感覚。
朝日が眩しく顔を照らすのが分かり、目を開ける。
知らない部屋だった。掛け軸の掛かった殺風景な畳の部屋。
布団から上半身を起こし、障子の開いた縁側から庭を見る。
梅の木がほんのりと赤らんだ花を咲かしていた。曲がりくねった松ノ木が高いところから彼女を見下ろしている。白い壁に覆われていて向こう側の景色はあまり見ることはできないが、塀越しでも遠くの大きな山が霞んでいるのが見えた。
不思議な気持ちを忘れ、景色の美しさに心を奪われていると、不意に誰かに胸を押されたかのように枕に頭が戻った。また瞼が重くなり、意識が薄れていく。
目を開けると元の家だった。
彼女がその枕のことを母に聞いてみたところ、母は自分の祖母の嫁入り道具であると教えてくれた。
「そのおばあちゃんの家は松の木と梅の木が生えてた?」
「さあ、分からないけど確かにおばあちゃんは梅の花が好きだったわね」
その枕もごたごたでどこかに行ってしまったが、彼女は今でもあの時の景色を忘れないという。