四十二編
聞いた話。
物理学の話しでこんなものがある。
紙コップの底を割り箸で何度も叩くと、いつかは箸が通り抜けるという可能性は存在するし、決してありえない問題ではないというもの。
私はそれを聞いた時に通り抜けないという当たり前のことに奇跡を感じた。
ある会社で商社マンの一人がいなくなった。彼は会社からリストラを宣告されていて、それを悔やんでの失踪と片付けられた。
彼の机から遺書と思わしき書簡も見つかった。
その事件はよくある出来事として直ぐに忘れ去れることになったが、あることをきっかけに甦る。
事件から数ヶ月したころ、会社で異臭騒ぎが起こった。
会社の前の歩道付近で生ゴミが腐ったような酷い臭いがするのだ。会社の働きかけもあって行政は原因を調べることになった。
調査の結果、歩道のひび割れた部分の下に何か埋まっているということが分かった。
ガス管の破裂や戦前の危険物を危惧されたが、ほどなくして何が異臭を放っているのかが判明した。
人が地面の中に埋まっていたのだ。
外傷はなく、死因は窒息死だった。内ポケットにあった名刺と歯形から、ほどなくして失踪した男だと断定された。
異臭の原因は判明した。しかし、問題がある。
その場所を整備したのは随分昔のことで、男が会社に勤める前のことだった。それ以降は工事は行われていない。
ではどうやって男は“そこ”に入ったのか。どうやってコンクリート下の土に体を埋めることができたのか。
失踪当時、男は同僚に青い顔をして屋上に向かっているのを目撃されていた。




