四十編
私の話。
私が前の家に住んでいた頃の話。
休みの日はもっぱら探索か探検が私の常で、姉は私の監督役を両親から言いつけられていたからか、たまに私のそれに付き合ってくれていた。
ある日、私と姉は入り組んだ場所に古ぼけた家を見つけた。
黒い鉄製の門はへたれ、所々錆びている。庭は草木が伸びきっていて手入れはここ数年まったくしていないといった感じだった。
何とか門を乗り越え、私と姉は中に侵入した。庭と古ぼけた家の概観から、人はいないと踏んでいた。
庭は草木の生えていない禿げた地面を抜かし、大半が鬱蒼とした緑に覆われている。家の隅には枯れたぶどう畑のようなものが見えた。
私たちは家に近づく。
草木の生えていない場所まで近づくと家は目の前だった。縁側のガラス戸は開かれ、桃色のカーペットが広がり、床にはチラシや新聞、くだびれた観葉植物が雑多に置かれている。
人が住むというよりは物置といった雰囲気だった。
棚や木製のテーブルも見えるがそれもどこか薄汚れ、何かよく分からない雑誌だったり小物に占拠されていて、実際の使用目的から大きく外れていると幼少ながら思った。
しばらく家の周りを眺めたり、中を覗いたりしていると家の奥から老婆が出てきた。音も立てず、ふらりと私たちの前に現れた彼女は柔和な笑みを携えながらベランダの近くに座った。
「こんにちは」
私たちはこんなところに人がいたのかと驚き、すみませんと叫ぶようにして帰ろうとした。すると彼女は微笑んだまま、私たちがどこから来たのかと聞いた。
「……直ぐ近くのところです」
「この家に何かようだったのかしら?」
「猫がこの家に入っていったのを見たので……。あれはここの家の猫なんですか?」
姉は咄嗟に嘘をついた。
確かに馬鹿正直にぼろやで面白そうだったので、などとはいえなかった。
彼女は当然知らないと答える。頭を下げ、足早に立ち去ろうとする私達に彼女は優しそうな声色でいった。
「あなた達、折り紙は好き?」
彼女は高価そうな和紙の折り紙を沢山持っていて、私にいろいろなものを折ってくれた。姉は老婆のくれる紅茶とクッキーに舌鼓をうっていた。
彼女はどう見ても孤独で、人恋しいようだった。
その日から私たちはよく老婆の家に入り浸るようになった。
ある日、姉があの家にもういっては駄目だといった。
どうしてと私が聞くと、姉はおばあさんが死んだからだといって新聞を見せた。
漢字の読めない私に姉は読んで聞かせる。
姉の言葉を大雑把にまとめると老婆は孤独死していて、最近死体が発見されたというのだという。
しかし、新聞の情報と私の記憶には食い違いがあった。老婆が死んだとされる時期に私たちはあの家で老婆に会っていたのだ。
それを姉に聞くと彼女は少し押し黙り、忘れなと私にいった。
「最初からあたしたちは何も見なかった。わかった?」
姉の表情はどこか淋しげだった。